自由法曹団 東京支部
 
 
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団支部の活動紹介

EdTechへの過度な依存に懸念を表明し、
子どもの「教育を受ける権利」が尊重された教育を求める決議

 近年、世界各国で急速に「EdTech」(教育テクノロジー)の開発・実装が進められており、教育分野においてもAIの導入が着々と進められている。
 日本でも2019年に文部科学省から「GIGAスクール構想」が提起され、コロナ感染症拡大の影響もあり当初の計画よりも前倒しで実装が進められている。GIGAスクール構想とは、情報通信技術(ICT)を活用した教育の促進とそれに伴う教育環境の整備を目指すことを目的とするものであり、具体的には、すべての児童・生徒に1人1台のデジタルデバイスを配布し、また各学校のネットワーク環境整備を早急に整えるというものである。現代社会において必要不可欠といえるようになったITリテラシーを十分に活用できるスキルを、早期に、かつ公費をもって習熟できるようにすることが有用であることは言うまでもない。
 また、EdTechには、上記のようなITリテラシーの環境整備のみならず、AIED(Artificial Intelligence in Education)、すなわち、校務支援(施設管理や財務等)や学習支援(自習支援、指導支援等)といった学校業務や教育内容にもAIを導入していくことの検討・実装が進められている。具体的には、AIドリルを教育に導入することで個々の子どもの学習の弱点をAIが判定できるようにしたり、AIによる子どもの悩み相談や感情分析を可能としたり、子どもの困窮度をAIが判定してその見守り・予防的措置を可能としたりする運用が想定されている。これらの運用は、子どもの教育の個別最適化と能力発達上の必要に応じた教育に寄与するものといえ、その有用性に期待できる部分が大きいことも事実である。
 しかし、AIEDに関しては、憲法上の権利との関係で懸念もある。
 まず、プライバシー権との関係では、AIが関与する以上、その子どもに関する基礎情報が収集、利用されることが必須となる。教育データの収集の名の下に、住所氏名や出欠席、テスト結果、成績等の個人情報のみならず、個々の子どもの生体情報や生活・環境情報、はたまた上記の悩みや感情分析を行った結果等の内心まで踏み込んで情報収集を行うことを可能とすると、如何に教育の必要性を掲げたところで、重大なプライバシー侵害になると言わざるを得ない。この点、個人の情報コントロール権を尊重し、仮に子ども本人ないし保護者の同意を要求するとしても、入学時、在学中を問わず、学校側と生徒側の力関係は対等とはいえないため、学校側が生徒側に対して求める同意にプライバシー権放棄の効果をそのまま認めてよいか疑問が残る。また同意の対象となる情報が多岐にわたることから、その同意の対象、要件等をどれほど明確に特定できるのか疑問が残るし、特に高度のプライバシー情報(犯罪歴等)になると、それは同意があっても収集を禁止されなければならない。
 また、教育を受ける権利との関係では、AIEDが選択する子どもに「最適」な教育が、教育の画一化、子どもの個性・意思の埋没を招かないかという懸念がある。憲法26条1項が定める「その能力に応じてひとしく教育を受ける権利」には、能力以外の理由によって教育上差別されないという消極的意義だけでなく、能力発達上の必要に応じた教育を保障されるという積極的意義もあるとされる。子どもがAIEDをその自らの学習要求を実現するツールとして使用できるのであればその憲法的意義に沿う教育となりうるが、子どもがAIEDの選択するカリキュラムに盲目的に追従し、自らの選択を拒否ないし自らの選択をする能力を喪失する教育になるとしたら、それはもはや教育ではなく洗脳であり、そこに公権力が関わることで子どもに対する不当な支配の危険が生まれる。子どもの成長、意思を尊重し、AIEDの選択する「最適」な教育プログラムとは別の選択を可能とする教師をはじめとする教育関係者の抑止的役割が必要不可欠である。
 教育については、その教育を実践する教授、教師の自由が重要とされる。特に未成熟な子の教育は、人生経験豊かな教師が、子どもと日常的なコミュニケーションを通して、一人ひとりの個性、将来の夢、抱えている悩み、感情などを考慮しながら、きめ細かい対応を行うことが求められている。これが教育において教師の自由が重要とされるゆえんである。AIEDの選択する学習プログラムがさも至上のものと扱われ、教師がAIEDの定める学習プログラムの単なる遂行者・補助者にはなるようなことはあってはならず、これまでと同様に、教師が自らの裁量のもと子どもの意思・成長に沿った教育を実践していくべきである。AIEDは、その有用性故にさもAIEDが導き出す「回答」が唯一の正答であるかのような誤解を招きかねない。しかし、保障されるべきは、個々の子どもの学習権であり、その目指すべき到達点とそこに至るプログラムは個々の子どもにおいて千差万別で、AIEDはその多様なニーズに応えるために利用されるツールの1つに過ぎない。
 自由法曹団東京支部は、過度にEdTechに依存する教育に対して、プライバシー権、教育を受ける権利といった憲法上の権利を侵害の可能性に懸念を表明した上で、多様な子どもの要求に応えられる教育の実現を求めて、ここに決議する。

2025年2月22日
自由法曹団東京支部 第53回総会
 
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