自由法曹団 東京支部
 
 
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「都民ファーストの会が策定した東京都新型コロナウイルス感染症対策条例の一部を改正する条例案に反対する」意見書

2020年11月30日
自由法曹団東京支部
支部長 黒岩哲彦

1 はじめに
 本年11月24日,東京都議会の最大会派である都民ファーストの会が,東京都新型コロナウイルス感染症対策条例の一部を改正する条例案(以下,単に「条例改正案」という。)を公表した。
 都民ファーストの会は,条例改正案を,本日から開会する都議会定例会に議員提案するとのことである。
 条例改正案は,PCR検査の命令を拒否した場合に行政罰(5万円以下の過料)を科す内容を含む(第17条)。
 そもそも,都民ファーストの会は,条例改正案に先立ち,就業制限や外出自粛要請がされている感染者が他者に感染させた場合や,事業者が休業や時短営業の要請に従わずに一定数以上の感染者を出した場合にも行政罰を科す条例案を公表していたものの,他会派やメディア等の批判を受けて見送った。
 条例改正案は,行政罰の対象を検査拒否の場合に絞ってはいるものの,新型コロナウイルスに関する罰則付き条例は,全国に類を見ない。
 検査拒否の行政罰のほかにも,条例改正案には,事業者名等の公表の規定であったり(第6条第2項),「努めていない」事業者に対して財政上の支援を行わないことができるとする規定であったり(第13条第4項),恣意的に事業者を「排除」し,差別を助長しかねない規定が含まれている。
 そもそも,条例改正案は,都民ファーストの会及び小池都知事が,「感染症対策に取り組んでいる」というポーズをとるための政治的パフォーマンスに過ぎない可能性も指摘されている。
 よって,自由法曹団東京支部は,条例改正案の提出・制定に強く反対する。

2 条例改正案の内容
 条例改正案は,東京都新型コロナウイルス感染症対策条例(以下,「都条例」という。)の改正を提案するものである。
 問題があると思われる条例改正案の改正後条文の内容(文言)は以下のとおりである。
(1)第6条第4項
 法第24条第9項に基づく要請(施設の使用停止,催物等の開催の停止又は営業時間短縮を内容とするものに限る。)を受けた事業者がこれに従わない場合であって,当該事業者が第8条第1項に規定するガイドラインを遵守しないなど,第4条第3項に規定する措置を講じていない又は講ずる見込みがないと認められる場合,知事は,新型コロナウイルス感染症のまん延を防止するため特に周知を行うことが必要と判断したとき(都内の感染状況,医療提供体制等に鑑み,特に必要があるときに限る。)は,第12条第1項に規定する審議会の意見を聴いた上で,当該事業者の同意を得ずに,事業者,施設又は催物等の名称,公表理由その他の必要な情報を公表することができる。ただし,当該情報の公表に当たっては,個人情報の保護に留意しなければならない。
 ※「法」とは,新型インフルエンザ等対策特別措置法(平成24年法律第31号)
(2)第13条第4項
 都は,第7条第4項の規定により調査に協力し,若しくは検査への協力を促し,第8条第1項の規定によりガイドラインを遵守し,又は第9条第1項若しくは第2項の規定により標章を掲示するよう努めていないと認められる事業者に対しては,新型コロナウイルス感染症に関する財政上の支援を行わないことができる。
(3)第14条
 新型コロナウイルス感染症に関し,感染症の予防及び感染症の忠者に対する医療に関する法律第16条の3第1項の規定による勧告を受けた者が,その勧告に係る措置をとらなかった場合は,知事は,本部設置期間において,その者に対し,期限を定めて,当該措置をとるべきことを命ずることができる。ただし,その勧告が特別区又は保健所設置市の長からされたものである場合にあっては,当該特別区又は保健所設置市の長の求めがあった場合に限る。
(4)第17条
 本部設置期間において,正当な理由がなくて第14条の規定による命令に違反した者は,5万円以下の過料に処する。

3 問題点
(1)第6条第4項
ア そもそも「ガイドライン」の信頼性が低い
 条例改正案では事業者名が公表され得る場合の例示として「ガイドライン」を遵守していない場合が規定され,その場合に財政上の支援が行われなかったりするというサンクション(制裁)が定められている。
 しかし,そもそもこの「ガイドライン」とは何か。
 この「ガイドライン」は,「都,国,特別区,市町村及び事業者が加入している団体等が定めた新型コロナウイルス感染症のまん延の防止のための指針」(第8条第1項)とされている。すなわち,国又は自治体が定めたものだけでなく,「事業者が加入している団体等が定めた」ものも含まれている。これには,都のお墨付きがあるわけでなく,そもそも国又は自治体が定めたガイドライン自体も絶対的ではない。こうした「ガイドライン」を遵守しないことに対してサンクションを与えることは,あまりにも根拠が薄弱であるし,予測可能性も欠いて妥当ではない。
イ 事業者が被る不利益があまりにも大きい
 「ガイドライン」不遵守として受ける可能性があるサンクションは,「事業者の同意を得ずに,事業者,施設又は催物等の名称,公表理由その他の必要な情報」が公表されることである。
 このような情報が公開されてしまえば,その事業者は利用者から倦厭(けんえん)されることになり,経済活動が大きく阻害されることが容易に想像できる。前述のとおり「ガイドライン」の信頼性の低さを考えると,大きな問題である。
ウ 恣意的な運用がされるおそれがある
 公表のサンクションが科されるのは,「知事」が「特に周知を行うことが必要と判断したとき」である。「都内の感染状況,医療提供体制等に鑑み,特に必要があるときに限る」との限定もあるが,具体的な基準があるわけでもなく,審議会の意見を聞くとはいえ,それに拘束されるわけでもない。
 小池都知事は,今年の第2波の際に「感染拡大の震源地」として新宿・歌舞伎町を名指しし,同地域の事業者は経済的に打撃を負った。
 公表の有無を,知事の裁量に委ねることは,恣意的な運用のおそれがあり,不平等・不公平な結果を生みかねず妥当でない。
エ 差別や風評被害のおそれ
 公表をされた事業者ないし施設,そしてその利用者に対し,差別が生じる可能性がある。コロナ感染者に対する差別被害の報告は全国で枚挙にいとまがなく,コロナ差別を禁止する条例も全国で成立しているところであり,何より差別禁止を定めた第4条第3項(条例改正案によれば,同条第4項)の精神にも反するものである。
 さらに,風評被害は,公表された事業者にとどまらず,事業者と同じエリアに店舗を構える事業者や,同業種に対する事業者に対しても広まる可能性が高い。
(2)第13条第4項
ア そもそも「ガイドライン」の信頼性が低い
 遵守の努力が求められている「ガイドライン」(第8条第1項)の信頼性が低いことは前述のとおりである。
イ 経済的に逼迫している事業者にさらに追い討ちをかけかねない
 「ガイドライン」自体の信頼性はさておき,「ガイドライン」を遵守できなかったり,時短営業ができなかったりする事業者の中には,固定費等の負担によって経済的に逼迫し,通常営業をせざるを得ない事業者が少なくないはずである。それにもかかわらず,財政上の支援を拒絶するのは,そのような事業者に対して回復不可能な打撃を与えかねない。
ウ ステッカー(標章)の有無による事業者の分断を助長しかねない
 さらに,専決処分により努力義務化されたステッカー(標章)掲示(第9条第1項第2項)の努力義務違反を財政上の支援を行わない場合の一つにしており,ステッカー(標章)の掲示の有無による事業者の分断を助長しかねない。
エ 恣意的な運用がされる可能性が高い
 「ガイドライン」遵守,ステッカー(標章)掲示に「努めていない」事業者がサンクションの対象となることが規定されているが,「努めていない」というのはあまりにも曖昧かつ主観的な表現である(要件裁量)。
 さらに,財政支援についても,「都」が「行わないことができる」と規定されており,これも都の広い裁量に委ねられている(効果裁量)。
 この規定には,都による恣意的運用に歯止めをかける仕組みが一切なく,恣意的運用がされる可能性が高い。
オ 努力義務違反にサンクションを科すことは許されない
 前述のとおり,この規定は,「努めていない」事業者に対する財政支援上のサンクションを定めるものである。この規定は,努力義務について定めていることが明らかであるが,努力義務は,遵守するか否かを当事者の任意の協力に委ね,その達成度も当事者の判断に委ねられるものである。努力義務を強要することは許されない。
 しかし,この規定は,財政上の支援を行わないという大きなサンクションを与えるものであるから,努力義務を強要するもので認められない。
カ 事業者を介した検査強要になりかねない
 サンクションの対象には,調査協力や関係者に対する検査協力促進(第7条第4項)に「努めていない」事業者も含まれている。事業者を介し,個人に対して検査を強要するのは問題である。
(3)第14条,第17条
ア かえって感染者の特定を阻害する
 罰則の対象となり得るのは,検査の勧告,さらには命令を受けた者であるが,これは主に濃厚接触者が想定される。濃厚接触者は,感染者の申告によって判明することが多い。
 しかし,検査拒否に罰則を付けてしまうと,感染者は自分と一緒にいた濃厚接触者を答えにくくなり,保健所が検査対象者を発見することが困難になる可能性がある。
 そうすると,かえって感染者を特定することが阻害され,感染拡大防止の観点から妥当ではない。
イ 検査強制をするのが著しく不当な場合がある
 検査によって陽性が明らかになることのリスクは人それぞれであり,収入が絶たれてしまう者,勤務先に多大な迷惑をかけてしまう者などもいる。こうした者たちには,適切な補償を与えるべきであって,検査拒否に対して罰則を科すことが妥当であるとは思えない。
 なお,罰則の対象になるのは,検査命令を「正当な理由」なく拒否した場合であるが,どのような場合に「正当な理由」に該当するのかについては明らかでない。
ウ 他の感染症との扱いの均衡を欠く
 条例改正案は,新型コロナの検査拒否に対して,特別に罰則を科すものである。新型コロナの脅威が大きいことは間違いないが,新型コロナよりも致死率が高い他の感染症に対しては検査拒否の罰則がないのに,新型コロナにだけ罰則を科すのは均衡を欠く。
エ 条例改正案は法律の趣旨に反する
 条例改正案は,感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下,「感染症法」という。)が罰則を定めていない検査拒否について,知事による検査命令を前提に罰則を定めるものである。
 しかし,感染症法が検査拒否に罰則を定めていないのは,罰則に前述のような問題点があるほか,検査は,被検者のプライバシーにかかわるものであるから,原則として任意で受けてもらうものであり,強制する場合も罰則をもってまで強制しない趣旨と解釈できるからである。この趣旨は,東京の意義(第1条)を考慮しても東京の実情によって変更されるものではなく,全国一律のものである。検査命令を特別区又は保健所設置市の長の求めに委ねる要件はさらに混乱を招くものである。
 それにもかかわらず,条例で罰則付きで検査を強制することは,感染症法の趣旨に反するもので憲法第94条,地方自治法第14条に違反し,違憲・違法である。

4 まとめ
 以上のとおり,条例改正案には問題のある条文が多い。
 都民ファーストの会が,欠陥だらけの条例改正案を本気で可決させようとしているかどうかは怪しく,「感染症対策に取り組んでいる」というポーズをとるための政治的パフォーマンスに過ぎない可能性も指摘されている。言うまでもなく,感染症拡大防止のために先決なのは,PCR検査を受けたい人が受けられる体制の整備であり,そのための実効性ある保健所,医療機関等の体制強化,支援等であり,あるいは都民及び事業主に対する様々な経済的支援であって,「対策をしている風」のパフォーマンスによって,真に必要な対策が後回しになってはならない。
 自由法曹団東京支部は,暮らしと平和,人権,民主主義を擁護する法律家団体として,条例改正案に断固として反対する次第である。

以上
 
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