自由法曹団 東京支部
 
 
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団支部の活動紹介

「都民の就労の支援に係る施策の推進とソーシャルファームの創設の促進に関する条例」制定に抗議する声明

 本年12月3日から同月18日にかけて開催された都議会第4回定例会において、小池都知事は、「都民の就労の支援に係る施策の推進とソーシャルファームの創設の促進に関する条例」(以下、「ソーシャルファーム条例」または単に「条例」という。)案を提出し、同条例は共産党及び上田令子都議(自由を守る会)以外の会派の賛成により成立した。同条例について、東京都の説明によれば、「就労を希望する全ての都民に対する就労の支援について、基本理念を定め、東京都の責務及び関係者の役割を明らかにするとともに、就労の支援に係る施策並びにソーシャルファームの創設及び活動の促進の基本となる事項を定め、就労の支援に係る施策等を総合的に推進することにより、都民一人一人が個性と能力に応じて就労し誇りと自信を持って活躍する社会の実現に寄与する。」としている。
 ソーシャルファーム条例の理念自体は、働くことを希望するすべての人々に対する支援を表明するものであり、障碍者等、労働市場における弱者も含め、すべての都民に就労のための都による支援をいきわたらせ、ソーシャルファームの取り組みを進めるというその目的は賛同できる。
 他方で、「ソーシャルファーム」という概念について、1980年代から取り組みが始まったヨーロッパ諸国等とは異なり、わが国では未だ認知度も低く、取り組みもほとんど進んでいない。それにもかかわらず、条例においては「事業者による自律的な経済活動の下、就労困難者と認められる者の就労と自立を進めるため、事業からの収入を主たる財源として運営しながら、就労困難者と認められる者を相当数雇用し、その職場において、就労困難者と認められる者が他の従業員と共に働いている社会的企業(以下『ソーシャルファーム』という」(条例第10条)と、極めてあいまいな定義しかなされていない。さらに、支援対象とするソーシャルファームは都が認証するものとされているが(条例第11条)、その認証基準は指針に委ねられることとされており、具体的内容は不明である。社会的にも一般化・共通認識化していない「ソーシャルファーム」について、かかるあいまいな定義・基準のままでは、真に都民の就労支援に資する企業とはいえない企業に対し、都民の血税が投入されてしまうことになりかねない。
 また、同条例においては、「就労を希望するすべての都民に対する就労の支援」=「就労の支援」と、「就労の支援に係る施策並びにソーシャルファームの創設及び活動の促進」=「就労の支援等に係る施策等」が使い分けられており(条例第1条)、東京都の責務(条例第4条)、都民の役割(条例第5条)、区市町村の役割(条例第6条)、財政上の支援(条例第14条)には、いずれも「就労の支援等に係る施策等」が用いられている。すなわち、都民に対する直接の就労支援のみではなく、ソーシャルファームの創設に対しても、東京都、都民、市区町村が責務ないし役割を負い、かつ、財政的にも支援がなされることとされているのである。東京都の責務についてみれば、「国、区市町村、事業者その他関係機関と連携し、就労の支援に係る施策等を総合的に実施するものとする」(条例第4条)とされているものの、都民に対する支援は相談窓口の設置や民間教育機関を活用した職業能力開発及び向上等にとどまる一方、「ソーシャルファーム」に対する支援は、別途指針等を策定して実施するものとされているなど、「ソーシャルファーム」の創設等に対して多くの税金が投入されるおそれがある。実際、本年11月に公表された産業労働局の新年度予算要求では、「就労困難者特別支援事業(新規)」(就労困難者に対する支援窓口等の運営)の予算要求は4116万4000円であるのに対し、「ソーシャルファーム支援事業(新規)」には22億3988万6000円も予算要求している。
 このように、ソーシャルファーム条例は、その実態が都民に対する直接の就労支援ではなく、定義もあいまいで真に都民の就労支援に資する保証もない「ソーシャルファーム」を名乗る団体に税金を配分するための条例といっても過言ではなく、到底看過できない。
 さらに、実質的にソーシャルファーム条例の検討を行ってきた有識者会議は、条例に基づくものではなく、違法である可能性が高い。
 普通地方公共団体が、審査や諮問のための附属機関を設置するには、条例で定める必要がある(地方自治法第138条の4。付属機関条例主義。)。これは、直接選挙で選出される首が暴走することを防ぎつつ、首長と議会の権限と責任のバランスを図ることがその趣旨である。
 しかし、ソーシャルファーム条例は、「就労支援のあり方を考える有識者会議設置要綱」(30産労雇就第845号 平成30年11月9日)に基づき設置された「就労支援のあり方を考える有識者会議」においてなされていた就労支援及びソーシャルファームの普及についての検討を前提として条例案が提出されたものである。かかる審議を行う有識者会議が「附属機関」に該当することは自明であり、かかる有識者会議は、何ら条例の根拠を有しておらず、違法に設置されたものというべきである。かかる条例に基づかない普通地方公共団体による附属機関の設置行為が違法であることについては、多くの裁判例で肯定されているところである。
 加えて、同有識者会議には、小池都知事が環境大臣の役職にあった時期に同省事務次官を務めていた炭谷茂氏(恩賜財団済生会理事長)が委員に加わっており、同氏は「ソーシャルファームジャパン」なる会の理事長も務めている。同氏は、有識者会議において、「ソーシャルファーム」の重要性を説き、公的援助が不可欠、と述べている。
 このような事実からも、ソーシャルファーム条例は、「ソーシャルファーム」を名乗る団体、特に小池都知事の20年来の知人である炭谷茂氏ないしその関係団体に対して、都民の血税を注ぎ込むことが予定されたものであり、附属機関条例主義が防ごうとしている「首長による暴走」が正に現実化した条例ということができる。
 したがって、自由法曹団東京支部は、ソーシャルファーム条例の制定に対し強く抗議し、真に都民のための就労支援政策が実施されるよう、都議会において充実した議論を行うと共に、ソーシャルファーム条例の執行にあたっては、真に都民の就労支援に資する様、都議会において監視がなされることを求める。

2019年12月23日
自由法曹団 東京支部 支部長 小部正治
 
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