自由法曹団 東京支部
 
 
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団支部の活動紹介

東京都迷惑防止条例改正に反対する意見書

2018年3月自由法曹団東京支部

はじめに
 警視庁は、平成30年第2回都議会定例会に、「公衆に著しく迷惑をかける暴力行為等の防止に関する条例の一部を改正する条例案」(以下、現行の同条例を「迷惑防止条例」といい、同改正案を「改正案」という。)を提出する。
 平成30年2月7日付「公衆に著しく迷惑をかける暴力行為等の防止に関する条例の一部を改正する条例案の概要」(警視庁)(以下「警視庁概要」という。)によると、現行の規制に加えて、5条の2第1項第1号に「みだりにうろつくこと」を、同第2号に「監視していると告げること」を、同第3号に「電子メール(SNS 含む)を送信すること」を、同第6号に「名誉を害する事項を告げること」を、同第7号に「性的羞恥心を害する事項を告げること」をそれぞれ付け加え、新たにこれらの行為を規制の対象として、罰則を重くすることとされている。
 同様の規制は、ストーカー行為等の規制等に関する法律(以下「ストーカー規制法」という。)によって規制がされている。警視庁概要は、ストーカー規制法と改正案を比較した表を掲載し、「スマートフォンの普及やLINE、Facebookなど新たなコミュニケーション手段であるSNS利用者の急増により場所的・時間的な制約なくつきまとい行為が行われるようになり、現行条例の行為類型では対応できない相談事案が増加」「人身安全関連事案(重大事件)に発展するおそれがあり、早急な対応が必要」として、あたかも平成28年12月14日に改正されたストーカー規制法をそのまま改正案に反映したかのように記載する。
 この点、改正案1項1号「住居等の付近をみだりにうろつくこと」、同4号に「電子メールの送信等」の行為はストーカー規制法改正案に対応する改正である。しかし、改正案1項2号(行動監視事項告知)、同6号(名誉を害する事項告知)、同7号(性的羞恥心を害する事項告知)は、現行条例が制定された当時から既にストーカー規制法の規制対象になっていた行為を、現行条例の規制対象からあえて除外していたものである(性的羞恥心を害する事項告知は「つきまとい等」にあたるとされていた。)。
 迷惑防止条例の、つきまとい行為に関する規制は、2002年6月都議会定例会に警視庁により提出され、規制対象の広範性から憲法が保障する人権侵害であるとの世論の力によって削除され、実質廃案となっている。2003年に、若干の規制要件の厳格化を経て、つきまとい行為が現行の迷惑防止条例に盛り込まれたが、規制される行為の広範性、直罰規定という規制強化の在り方、労働運動や市民運動への濫用の危険性などの問題点は残ったままである。
 このような問題のある迷惑防止条例の、つきまとい行為に関する規制に加えて、改正案によるあらたな規制をすることは、以下に詳述するとおり、労働組合の団体行動権、国民の言論表現の自由、知る権利、報道の自由を侵害し、法律の範囲内で条例を制定できるとする憲法94条に違反するものであり、削除されるべきである。

1 迷惑防止条例のつきまとい規制の問題点
(1)目的の非限定性
ア ストーカー規制法の目的
  ストーカー規制法は、「特定の者に対する恋愛感情その他好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的」で当該特定の者等に対してなされた、法文に列挙した一定の付きまとい行為を規制している。
  ストーカー規制法が規制する行為を「恋愛感情」等の充足目的の行為に限定したのは、被害実態として警察庁の調査によれば異性に交際を求めたり離婚した後に復縁を迫るなど恋愛感情等が原因でおこなわれたつきまとい事案が全体の88%とその大半を占めており、国民に対する規制の範囲を最小限にして労働組合運動・消費者運動・マスコミ等の報道活動・市民運動等が規制されないようにするためである(第147回国会参議院地方行政・警察委員会会議録2・4・6頁、檜垣重臣著「ストーカー規制法解説」11〜12頁、滝川雄一著「知っておきたいストーカー規制法」8頁、大谷貫慣習「わかりやすいしストーカー規制法」14〜15頁)。
  これは、労働基本権の保障(憲法28条)、表現の自由・国民の知る権利の保障(憲法21条)、営業活動の自由(憲法22条1項・29条1項)など、憲法で保障された労働組合運動・消費者運動・マスコミ等の報道活動・市民運動等の正当な行為が「ストーカー」の名の下に規制されることがないように、国会の定める法律によって、規制される行為(その目的も含む)を限定したものにほかならない。

イ 迷惑防止条例の目的
  一方で、迷惑防止条例は、つきまとい規制の目的につき「正当な理由なく、専ら、特定の者に対するねたみ、恨みその他の悪意の感情を充足する目的」としている。ストーカー規制法にせよ、迷惑防止条例のつきまとい行為にせよ、特定の目的をもって行為を行うことによって、通常処罰されることのない行為が処罰されることには変わりがない。
  この点、ストーカー規制法の「恋愛感情」等の充足目的の行為は、異性に交際を迫ったり、離婚後に復縁を迫るなどの行為と共に行われることが通常であると考えられることから、行為の態様からその目的を推認することは容易である。しかし、迷惑防止条例のつきまとい行為における「ねたみ、恨みその他の悪意の感情を充足する目的」は、「その他悪意の感情」という文言と異なり、「ねたみ、恨み」に準ずるものとしての限定がまったくなく、その文言上極めてあいまいな要件であり、様々な目的がこれに包含される可能性があり、処罰範囲が広範になりすぎる可能性がある。しかも、このようなあいまいな目的、いいかえれば内心の感情で犯罪の成否が分かれる点が特に問題となる。
  2002年に廃案となった際に、6月都議会で、共産党秋田都議が指摘した「内心の感情による合法・違法の切り分け」の問題はまったく解消されていない。
  この問題は、社会的トラブルにおいてしばしば発生する抗議や非難、クレームや苦情などの現象を、「うらみ、ねたみ」といった内心の感情で切り分けようとする構造が宿命的にはらむ問題である。
  トラブルがエスカレートし、「殴る」「脅迫・強要する」「ガラスを割る」などの行為に及べば、ダイレクトに刑法犯を構成するから犯罪の発生は客観的に明らになる。暴行の動機が、「うらみの感情の充足」か、「カッとした一時的な衝動」か、あるいは「正義感に燃えた鉄槌」かは、犯罪が成立したあとの情状の問題にすぎない。
  ところが、「つきまとい行為等」規制ではこの「内心の感情」が犯罪の成否の分水嶺となり、「正義の鉄槌」や「一時的な衝動」なら犯罪にならず、「うっぷんばらし(うらみの感情の充足)」だと犯罪となる。では、断られても電話を繰り返した住民が「ウチの子をいじめて謝りにもこない親にお灸をすえてやろうと思った」と供述したら、その電話は合法なのだろうか、違法なのだろうか。
  このデリケートな違いを警察が的確に判断して条例を運用することなどほとんど不可能と考えざるを得ない。この問題は犯罪構成要件の「つくり方」にかかわる問題であって、「正当な理由」だの「濫用防止条項」だのをつけ加えてもまったく解決しない。この構造を根本から見直さない限り、構成要件面での欠陥は治癒できないのである。

(2)委縮効果
  迷惑防止条例のつきまとい行為は、外形上罪にならない行為について、「ねたみ、恨みその他の悪意の感情を充足する目的」という全く限定されていない内心の感情によってこれを処罰しようとするものである。その立法目的としては、重大犯罪になり得る行為を事前に予防することであると考えられるが、外形上罪にならない行為を全く限定されていない内心の目的で処罰する点で、一般市民活動におおきな委縮効果を及ぼすおそれがあった。

(3)自白強要のおそれ
  つきまとい行為等規制はダイレクトにその行為を犯罪とする直罰型であり、犯罪として検挙して、刑事訴追を行なって有罪にするのが本来の道筋のはずである。だが、この「つきまとい」罪を裁判所に起訴するのは、実は簡単なことではない。
  「ねたみ、恨みその他の悪意の感情の充足」といった内心の感情が要件になっており、有罪とするにはこの内心を証明しなければならない。被疑者は「うらみからではなく憤りからだ」と言い張るだろうし、弁護にあたる弁護士は「悪意の感情の充足が目的ではないから無罪だ」と主張するに違いない。「確かに恨んでいて、うっぷんばらしのためにやりました」と、取調べから法廷まで一貫して自白し続けるケースでもなければ、有罪にすることは容易でないのである。このような、行為の外形上は処罰される行為と処罰されない行為の区別ができない以上、内心の感情を自白によって立証しなければならない帰結として、捜査機関による自白の強要が行われる可能性が高い。

(4)濫用の危険
  迷惑防止条例には、「正当な理由がなく」という文言と「濫用禁止規定」が設けられている。しかし、「何が正当な行為か」という判断は、現場の警察官にゆだねられている。警察は「正当な範囲を逸脱した」と判断すれば、市民運動・住民運動・労働運動への規制は当然に認められることになる。そうすると、憲法の保障する権利の行使であっても、警察の恣意的な判断により、規制対象となることは当然に予想される。軽犯罪法には「濫用禁止規定」(4条)が設けられているが、貼り札禁止規定(1条33号)を濫用し、政治活動・選挙活動を弾圧することは警察の常套手段となっている。この点では、「濫用禁止規定」の設置によって、警察の恣意的濫用を防止することは到底不可能である。

2 改正案の問題点
(1)改正案の内容
  改正案は、現行の規制に加えて、5条の2第1項第1号に「みだりにうろつくこと」を、同第2号に「監視していると告げること」を、同第3号に「電子メール(SNS 含む)を送信すること」を、同第6号に「名誉を害する事項を告げること等」を、同第7号に「性的羞恥心を害する事項を告げること」をそれぞれ付け加え、新たにこれらの行為を規制の対象として、罰則を重くする。

(2)立法事実が不明確であること
  改正案のうち、「みだりにうろつくこと」「電子メール(SNS 含む)を送信すること」は、ストーカー規制法の改正に伴う改正であることは上で述べたとおりである。
  一方で、同第2号「監視していると告げること」、同第6号「名誉を毀損する事項を告げること」を、同第7号「性的羞恥心を害する事項を告げること」については、2003年迷惑防止条例改正の際、既にストーカー規制法上規制対象にされていた行為態様である(なお、同号7号については「つきまとい等」にあたるとされていたものを明文化したものであることは「ストーカー行為等の規制等に関する法律の一部を改正する法律等の公布について(通達)平成28年12月14日警察庁丙生企発第128号、丙保発第23号」参照)。
  2003年迷惑防止条例改正の際、既にストーカー規制法上規制対象とされていた行為について、なぜ今これらの行為を規制しなければならないのかは明らかにされていない。警視庁が作成した「新しく規制される行為」をみても、ストーカー行為を想定したと思われるものが多く、ストーカー規制で対処可能と思われものばかりである。

(3)濫用の危険
  改正案は市民運動・住民運動・労働運動・取材活動の規制を規制対象とすることを容易にするものである。改正案のうち、特に、同第2号「監視していると告げること」、同第6号「名誉を害する事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと」については極めて濫用の危険が高い。「正当な理由」や濫用禁止規定が濫用防止に対して機能しえないことは上に述べたとおりである。特に、迷惑防止条例はストーカー規制法のような「恋愛感情」等の充足目的の行為に限定されておらず、「ねたみ、恨みその他の悪意の感情の充足」であればその対象となるため、会社や公官庁などの法人が相手であっても成立する点は極めて大きな問題である。

ア 第2号「監視していると告げること」
  改正案により、報道機関は、「監視していると告げること」すなわち、「その行動を監視していると思わせるような事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと」、すなわち報道活動そのものに対する制約を受けることになる。これは、市民によるオンブズマン活動や、市民による行政機関に対する監視も含まれる可能性がある。これは、「住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所」で「場所の平穏もしくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害されるような不安を覚えさせるような方法」により、「反復」して行われる場合に適用されるが、「住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所」というほぼ無限定な場所において、「「場所の平穏もしくは名誉が害され、又は行動の自由が著しく害されるような不安」といういかようにでも解釈可能な方法によるもので、「反復」という2回でもこれに当たる行為を行えば処罰されるものであり、その要件は全く限定されていない。「正当な理由」については「何が正当な行為か」という判断は、現場の警察官にゆだねられていることは上に述べたとおりである。
  改正案により、報道活動、市民による活動の多くが規制される恐れがある。

イ 第1号「みだりにうろつくこと」
  迷惑防止条例は、もともと「住居等に押し掛けること」を規制対象としていたが、改正案は「住居等に押し掛け、又は住居等の付近をみだりにうろつくこと」を規制対象としている。したがって、報道機関が、取材対象の住居付近を数回うろつくことがこれに当たるとして、規制される可能性がある。これを限定しうる要件が機能しない点については第2号と同様である。

ウ 第6号「名誉を害する事項を告げ、その知り得る状態に置くこと」
  改正案は、新たに「その名誉を害する事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと」を規制の対象とする。この名誉を害する行為については、同条同項1号〜4号のような方法による限定は存在しない。また、刑法の名誉毀損罪では、公然と事実を摘示することや人の社会的評価(外部的名誉)を低下させること(毀損)が要件とされているが、条例では単に「害する」だけで成立する。これでは主観的な名誉感情を害された場合にもこの条項に該当することになり、名誉毀損罪よりも処罰範囲が広範となっている。後半の「その知り得る状態に置くこと」については告げることも必要ではなく、ビラまきやポスター貼りなども含まれる。
  したがって、市民が国会前や路上で国会議員の批判をする、労働組合が社前集会で会社の批判をする・チラシをまく、消費者が企業に対して不買運動をする、地域で住民がマンション建設反対運動をする、公害事件・薬害事件などで企業の批判をするなどの行為がすべてこれに当たる可能性がある。しかも、行為態様の制限がないため、SNS(Facebook、Twitter、インスタグラム等)での発信も反復すればこれにあたる可能性すらある。
  特に問題であるのが、刑法上の名誉棄損罪が親告罪であり、告訴がなければ捜査機関が処罰をすることができないにもかかわらず、改正案は告訴がなくとも捜査機関の判断により逮捕・起訴をし、処罰をすることが可能な点にある。
  また、名誉棄損の行為態様について、刑法上の名誉棄損罪では公共の利害に関する場合の特例(真実性の証明による免罰)もない。よって、処罰されない態様の行為を処罰される可能性もあり、本号による規制は極めて広範な範囲に及ぶ可能性がある。

エ 第4号「電子メール(SNS 含む)を送信すること」
  本号は、ストーカー規制法の改正にともなって改正しようとするものであるが、その態様として「ファクシミリ装置を用いて送信し、もしくは電子メールの送信等をすること」とされている。そうすると、公官庁に対する抗議のために市民が電子メールを送る行為がこれにあたる可能性も否定しえない。

オ 小括
  以上のとおり、改正案は、憲法で保障された労働組合の団体行動権、国民の言論表現の自由、知る権利、報道の自由を侵害するものでありこれらの規定は削除すべきである。

(4)憲法に違反する新規制
  改正案は、法律によって禁止されていない行為を禁止し処罰をするものである。憲法94条は、「法律の範囲内で条例を制定することができる。」としている。
  本件のような行為態様について、規制対象としている法律はないため、法律はこれを規制しない趣旨であると解せるところ、これを条例で規制することは明らかに憲法94条に反するものである。特に、6号の名誉を害する事項を告げることなどを処罰する条項は、名誉毀損罪で処罰対象としていない行為までも処罰範囲としており、刑法の規制を上回るものであるから同条に違反することは明白である。

3 まとめ
  以上のとおり、改正案は憲法で保障された労働組合の団体行動権、国民の言論表現の自由、知る権利、報道の自由を侵害するものであり、また憲法94条に反するものである。
  自由法曹団東京支部は、自由と民主主義を擁護する法律家団体として、迷惑防止条例の改正案に断固として反対する次第である。

以上
 
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