自由法曹団 東京支部
 
 
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団支部の活動紹介

高校生の政治的活動制限(「届出制」・「許可制」等)に反対する

  1. 2015年6月、選挙権年齢を満18歳以上とする公職選挙法改正が行われ、本年7月の参議院選挙から実施される。18歳選挙権の実施に伴い、文部科学省初等中等教育長は、1969年10月31日に文部省初等中等教育局長が出した「高等学校における政治的素養と政治的活動について」と題する通達を廃止し、2015年10月29日に「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について」と題する通知(以下、「10.29通知」という)を出した。さらに、2016年2月には10.29通知に関するQ&Aを出している。
     10.29通知では、学校内の「政治的活動」等を行うことを禁止し、学校外についても学業への支障等を理由として制限・禁止・指導をすることが必要であるとし、Q&Aにおいては、「選挙運動、政治的活動、投票運動は構内では禁止する」旨学校が校則で定めることを容認している。さらに、SNSや学校外の生徒の活動についても把握の必要を認め、学校外での「政治的活動」等の届出制についても、「政治的活動」等は、必要かつ合理的な範囲で制約を受けるとし、これを容認している。また、SNS等で対立候補やその支持政党等を誹謗中傷することに加え、そのおそれが高いものも制限や禁止が必要であるとしている。
     しかしながら、10.29通知及びQ&Aの内容、それを踏まえた校則変更の動きは、以下詳述するとおり憲法で保障される高校生の政治活動の自由等を侵害するものとして許されない。
     自由法曹団東京支部は、自由と民主主義の実現を求めて活動してきた法律家団体として、かかる政治活動の自由等の侵害に反対する。
  2. 10.29通知及びQ&Aの問題点
    (1) 「政治的活動」の概念の問題、「おそれが高いもの」を制限禁止している問題
    そもそも、今回の通知で示された「政治的活動」の定義が、不明確かつ広汎である。10.29通知では、「政治的活動」を「特定の政治上の主義若しくは施策又は特定の政党や政治的団体等を支持し、又はこれに反対することを目的として行われる行為であって、その効果が特定の政治上の主義等の実現又は特定の政党等の活動に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉になるような行為をすることをいい、選挙運動を除く」と定めている。
     「目的」と「効果」による定め方をしているが、いかなる行為が「援助、助長、促進又は圧迫、干渉になるような効果」をもたらすのか、判断は困難である。この点第189回国会・政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員会(参議院会議)で、「政治的活動とは何なのか」「特定の政党を支持する活動ではなく特定の政策や理念への支持を訴える、このような活動は政治的活動に当たるのか。例えばですけれども、脱原発とか消費税反対とかあるいは憲法改正と、こういった特定の政党の支持を訴えるものではなくて政策の主張や支持を訴えるものは、これは政治的活動と言えるのでしょうか。」との質問に対し、政府参考人からは「御指摘いただいた様々な活動につきましても、その目的や影響、さらには特定の政党との関わりの具体的な内容等を見ながら、個々具体的に判断していくべきものと考えております」と回答されているのであり、当該行為が「政治的活動」に該当するか否かの判断は一律ではなく、判断が極めて困難である。
     また、「政治上の主義・施策」も対象に含まれているため、単に「消費税が上がると苦しい。消費税の増税は反対だ。」等と、SNSで発信することまでこれに含まれてしまうことになりかねない。
    Q&Aでは「SNS等で対立候補やその支持政党等を誹謗中傷することに加え、そのおそれが高いものも制限や禁止が必要である」としているが、そもそも候補者や政党等はその政策に対して常に批判を受けながら政策を見直していくあるいは説明を十分に尽くすことが当然に予定されているところ、「誹謗中傷」の「おそれが高い」ものも「制限・禁止」されてしまうのであれば、どこまで踏み込めば「おそれが高い」と判断されるのか不明であるため、政策への批判も困難になってしまう。
    このようにそもそも、何が「政治的活動」に該当するのか不明であり、また、その対象も広汎であるのに、それを校内では「禁止」し、校外では「制限・禁止・指導」することになれば、高校生は委縮してしまう。また、「おそれ」という抽象的な概念をもって「制限や禁止」されることになれば、政治的な事柄について何も発言・発信・行動できなくなることも予想されるものであり、高校生の政治活動の自由等を侵害するものとして許されない。
    (2) 「政治的活動」等を「禁止・制限・指導」の対象とすることの問題
     政治的な事柄について発言・発信し、行動する等の政治活動の自由は、本来、表現の自由、集会結社の自由(憲法21条1項、子どもの権利条約13条1項、同15条1項)、意見表明権(子どもの権利条約12条1項)として最大限保障されなければならない。表現の自由は、個人が言論活動を通じて自己の人格を発展させるという意味でも、また、言論活動によって政治的意思決定に関与するという民主政に資する社会的な意味においても極めて重要な権利である。特に政治活動の自由は、民主主義及び国民主権の根幹とも言うべきものであり、政治活動の自由の侵害は許されない。
     この点、国連・子どもの権利委員会による第2回勧告(2004年)では「学校内外で生徒が行なう政治活動に対する制限を懸念する(29項)」「18歳未満の子どもが集会に参加する際に親の同意を必要とする点についても懸念する(29項)」とされ、また、表現の自由、思想良心の自由、集会結社の自由の完全な実施を確保するため、「学校内外で生徒が行なう活動を規制する法律・規則、集会への参加に親の同意を必要とする点を見直すよう勧告する(30項)」とされ、政治活動に対する制限の見直しが求められているところである。
     したがって、「政治的活動」等を「禁止・制限・指導」の対象としていることは、政治活動の自由等への侵害として許されない。
    (3) 届出制・許可制の問題
    届出制・許可制は、思想良心の自由(憲法19条、子どもの権利条約14条1項)を侵害するものとして許されない。
     届出制に関しては、愛媛県立の全59高校では2016年度から校則を改定し、校外での政治活動の参加について学校への事前届出制を義務化することを決めたと報じられ、「好ましくないと判断すれば指導はするが、生徒の意思を尊重する」との校長のインタビュー回答が報じられている。また、同県の教育委員会は、校内での政治的活動への参加を原則禁止し、校外で参加する場合は1週間前に保護者の許可を得て届け出ることを内容とする校則の変更例を作成して研修会で配布したと報じられている。
     憲法は、思想良心の自由として、特定の思想を有していることを外部に表明させられない権利を保障しているところ、「政治的活動」を行うには「許可」や「届け出」が必要になれば、特定の政治上の主義主張、施策への賛成・反対等特定の思想について、学校に表明することを強制させられることになる。
     これは、思想良心の自由の侵害として許されない。
    許可制・届出制は、政治活動の自由を侵害するものとして許されない。
     上述の校則変更例のように「保護者の許可」「1週間前の届け出」が要件とされれば、直前に知ったデモや集会への参加が極めて困難になる。特に最近は、デモを見てそれに共感した高校生が飛び入り参加をすることも珍しくない。デモを見て共感した者が参加し、それによって相互に社会問題への関心を高め、つながり、学びあっていくこと、共に社会に問題提起をすることは、民主主義において極めて重要であるところ、上記要件を課すことは参加を事実上困難にするものであり、重大な権利侵害である。
     政治は流動的なものであり、それに応じて集会やデモも緊急的に開催されることは往々にあるのであるから、届け出を義務付けること自体、政治活動への参加の機会をはく奪するものと言わざるを得ない。
     そもそも、学校に自己の政治上の主義主張や施策への賛成・反対等特定の思想を知られたくない生徒は、「政治的活動」そのものを断念することも考えられるのであり、極めて問題である。
     届出制・許可制は、思想良心の自由への侵害(届け出ること)を避けるために政治活動の自由への侵害(参加を断念すること)を受け入れるか、逆に、政治活動の自由への侵害を避けるために思想良心の自由への侵害を受け入れるかを迫るものであり、人権侵害甚だしい。
    事前抑制の禁止に反するものとして許されない。
     上述の新聞報道では、「好ましくないと判断すれば指導する」との回答も報じられている。事前に内容をみて、参加をとどまるよう「指導」することは、事前抑制の禁止に反するという点でも許されない。
     学校と生徒とのパワーバランスを考えれば、事前に届け出の内容をみて、「指導」を受けることで、生徒は委縮してしまい、活動を断念することも考えられ、極めて問題である。
  3. 以上のとおり、許可制・届出制等による政治活動の制限は、政治活動の自由等の侵害として許されない。この点、「T−nsSOWL」や「平和な未来をつむぐ高校生の会」等の高校生グループからも「高校生にも声をあげる自由がある」、届出制は「憲法19条の思想良心の自由に違反する」等として届出制に反対の声があがっているところである。
     自由法曹団東京支部は、民主主義及び国民主権の根幹ともいうべき政治活動の自由等の侵害に強く反対するとともに、文科省は通知を撤回すること、既に届出制の方針を示した愛媛県立高校は直ちに方針を改めること、各教育委員会及び現在方針を検討中の高校においては届出制・許可制等による政治活動の制限が重大な人権侵害であることを認識し政治活動の制限を行わないことを求める。
2016年3月23日
自由法曹団東京支部
支部長 須藤 正樹
 
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