自由法曹団 東京支部
 
 
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団支部の活動紹介

若手弁護士へのメッセージ 顧みて今

東京法律事務所 渡辺 正雄


 団支部事務局から、「人権や民主主義のためにどう闘ってきたのか、生き方を若手弁護士に紹介したい。」との原稿依頼をいただきました。私は、団の善良な一員ではあるけれど、総会に殆ど出ていないし御無礼ばかり。しかも私は、20年前心筋梗塞に見舞われ、以来休み休みの動きでしたから、ご依頼には正直戸惑っています。
 私は、1957年4月、その二年前に設立された現在の東京法律事務所(当時の黒田法律事務所)に偶然入所しました。所員は、4期の小島成一さんを中心に、一年先輩8期の尾山宏、平井直行、黒田寿男氏の4人と事務局2人の構成でした。その頃は、「60年安保」闘争、王子製紙や三井・三池闘争がたたかわれる前夜で、特に中小企業においては、組合結成とその潰し、刑事弾圧、立ち入り禁止仮処分など労働分野のたたかいが頻発していました。政治や経済に白痴で、その上労働法の知識もない27才の私は、とにかく「憲法」をかざして争議現場に入るところから課題に取り組まざるを得ませんでした。そのころ、団の主力部隊は、松川事件裁判闘争など冤罪・弾圧事件に総力をあげてたたかっていました。それは私達にとって諸闘争のお手本でもありました。
 57年6月には、官公労弁護団を中心に総評弁護団(現日本労働弁護団)が結成されましたが、民間の私鉄、鉄鋼、金属、化学、金融、マスコミなど、そのなかでも中小企業分野の労働問題には特に困難が集中していました。私は争議現場に泊まりこんだり、裁判準備を現地や組合員の家でおこなうなど、組合員達から教えて貰いながら難行苦行の日々でした。裁判活動では当時マニュアルなんかないし、私は敵側の練達な弁護士の書面作りや尋問方法などからも学ぶことが必要でした。
 小島さんは、私といっしょに客員として内藤功さんを、10月には、合同法律事務所から松本善明さんを招いて事務所を強化しました。そして翌58年4月に上条貞夫さん、59年には坂本修、浜口、矢田部、今井の腕達者な面々4人が大増強され東京法律事務所の土台がつくられていきました。
 その後、私は、労働弁護団(もと総評弁護団)の本部活動などに入っていきます。弁護団には多くの自由法曹団員の方々も加わっていただいていました。ちなみに、1977年総評弁護団編の「戦後労働争議と権利闘争・上下」、87年発行の「現代労働運動と争議闘争・二巻」(いずれも労働教育センタ−刊)には、多くの仲間が具体的に権利・裁判闘争の有様を書いています。これは今でも大変貴重な文献です。
 私は程なく、自分でも不思議な気のする齢82才になります。身体は痛んで耄碌爺風に見えてきた様子ですが、でも心のかたちは24、5才のままです。私の郷里は、宮城県の南三陸町に隣接する登米地方だけに、3.11の大津波と原発の大災害に対しては、団の仲間たちが献身的で困難な活動を始めていることに心から感動しています。いま若くて力ある自分なら、私も郷里に帰って何か役に立ちたいと考えたでしょう。
 とくに今回の原発事故は、一体「事故」なんですか?「アクシデント」なんかではありませんねえ。それこそまさしく巨大【事件】ではありませんか。こんにち「脱原発」の実現は、日本社会のありようを根本から国民のために国民とともに変えていかなければならない大きな課題と一体のものかも知れません。皆さんのいっそうの御奮闘に期待しつつ、皆さんとご一緒している気持ちで、私も残余の日々を過ごしてまいりたいと思っています。皆さん、健康にはよくよく気を付けて一層のご奮闘を。

 
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