自由法曹団 東京支部
 
 
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団支部の活動紹介

事件活動―貧困・市民・環境

政府税調の「納税環境整備(とりまとめに向けて)」について


第一法律事務所   鶴見 祐策

1 財政面での官僚支配
 かつての自民党政権は、党の税調(税制調査会)と政府税調の2本立の形で我が国の財政を牛耳ってきた。この仕組みは公明党と連立中も変わらなかった。財界の意向と財務官僚の思惑との合作が党と政府の税調であった。それが税制を存分に歪めてきたと言ってよい。
 民主連立政権が、これらを廃止して新しい政府税制調査会の1本としたのはその限りで評価できよう。しかし問題は中身である。税金使途の無駄を洗い出す手法は国民の目に斬新に映ったのは確かであろうが、その裏方に財務官僚の影が透けていたとの指摘がある。そうだとすれば、財政政策の面で官僚依存を完全に脱却したとは程遠いというほかない。

2 政府税調の「納税環境の整備」
 新政権の政府税制調査会(政府税調)は、昨(2009)年12月3日付で「納税環境の整備」について「以下の方向で対応したらどうか」との提案を公にしている。その資料「納税環境の整備」のなかに税制面における「共通番号制度」や住基ネット情報の利活用などに加えて「租税罰則の見直し(案)」が盛り込まれている。そして平成22年度の税制改正の審議が急ピッチと伝えられた。同月22日に閣議決定の「平成22年度税制改正大綱」では「課税の適正化を図り、税制への信頼を確保するためには、罰則の適正化も必要です。他の経済犯(注・詐欺罪など)とのバランスなどを考えながら、罰則の見直しを行う必要がある」と記載されている。
 団は、本年1月18日付で反対の意見を表明している。これを許さない運動のためにも問題点につき認識の共有が必要であると思う。

3 「罰則の適正化」の中身
 「税制大綱」で示された方向性は次のとおりである。

(1) 脱税犯の重罰化(法定刑の引き上げ)
直接税および間接税等の脱税犯の懲役刑について現行の上限5年から10年に引き上げる。 直接税および消費税の脱税犯の罰金刑について現行の上限500万円(情状により脱税額)までを上限1000万円(情状により脱税額)までに引き上げる。
(2) 単純無申告犯(申告書不提出)と無申告脱税犯
単純無申告犯の罰金刑について現行の上限20万円を上限50万円に引き上げる。
法定期限までに申告書を提出しないことにより税を免れた行為を処罰する罰則(5年以下の懲役、直接税および消費税につき500万円以下の罰金[情状により脱税額]、消費税を除く間接税等は50万円以下の罰金[情状により脱税額の3倍])を創設する。
(3) 源泉所得税不納付罪の重罰化(法定刑の引き上げ)
現行の3年以下の懲役若しくは100万円(情状により脱税額)以下の罰金(又は併科)を脱税犯との均衡をふまえて引き上げる。
(4) 不正還付の未遂
詐欺未遂罪との均衡をふまえて創設する。
(5) その他
検査忌避犯等の秩序犯や税務職員の守秘義務違反に対する罰則の水準の引き上げ等を行う。

4 罰則強化が意図するもの
 これら罰則の創設と重罰化が刑事制裁の威嚇により強化された徴税体制のもとで我が国の税収を高めることを意図していることは明らかである。
 しかしこれには大きな問題がある。
 今日の財政状況は、赤字国債の発行高が年間の歳入を超える深刻な状態に直面している。この主要な原因は、積年にわたる大企業と有資産者、高額所得者優遇の不公平税制に求められる。租税特別措置により大企業が独占的に享受できる減免税は、その累積により巨額の内部留保を大企業にもたらし、「隠れた補助金」とも呼ばれている。これに対する厳しい批判が展開されるようになって久しいが、政界と財界からは常に無視されてきた。消費税導入によってもたらされた巨額の大衆課税は、そのほとんどが大企業に対する減税分に充てられてしまった。こうして税制の所得再配分の機能は完全に失われたのである。このような歪んだ税制は、我が国の経済を牛耳る財界とこれに奉仕する政権党によって作り出され長年にわたり温存され続けてきたのである。これをまず抜本的に是正することが、新しい税制の緊急の課題であると言わねばならない。

5 我が国の租税刑罰の憲法違反
 租税罰則についてみれば、現行法においても、課税当局の意向にそって極めて不公正な法制度がとられてきた。そもそも我が国の租税に関する刑事制裁は、近代刑法の大原則である「罪刑法定主義」に明白に違反している。憲法31条は、犯罪構成要件の明確化とともに所定の犯罪と刑罰の均衡と適正をも明確にすることを要求していることは言うまでもない。そのことによって国家権力の国民に対する恣意的な制裁の発動を禁止抑制する機能を保障している。従って犯罪行為に対する刑罰の無限定はあり得ない。
 ところが、我が国の租税犯罪の罰金刑は確定額で法定されていない。所得税法238条1項は、「偽りその他不正の行為」に対する処罰として、懲役刑のほか「500万円以下の罰金」と定めながら、同条2項において「情状により500万円をこえその免れた所得税の額」と規定している(法人税法159条、相続税法68条、消費税法64条も同様)。懲役との併科が予定される罰金は、情状次第で大幅な裁量にゆだねられている。実際上は無限定に近い。しかも国税通則法68条の「隠ぺい又は仮装」の口実で重加算税を課することが認められ、それが実際上のほぼ通例とされていると煎ってい。
 従って課税当局から脱税の嫌疑をかけられた者(納税者)は、刑事告発の威嚇のもとで当局が慫慂する修正申告に従った税額の納付を余儀なくされたほかに、行政処分として多額の重加算税を賦課され、さらに刑事罰として懲役刑のほかに税額に相当する罰金までに及びかねない過酷な負担を強いられる結果となるのである。このような二重の制裁の重圧のもとで、納税者自らは、先行きを予測できない不安と重罰の恐怖に苛まれる立場に追い込まれざるを得ない。そして納税者側の弱い立場に便乗した課税当局(国税局査察部)による一方的な「脱税」の決めつけと強制調査の発動を野放図に許容する素地が生み出されていると言ってよい。このような課税側の優越的な裁量権を背景とし圧倒的な力関係の格差のもとで税務職員による納税者側に対する「自白」の強要まがいの強権的で人権無視の調査が進められる結果となっている。

6 差別的で不公正な運用の実態
 その国税当局の裁量も適正公平とは言い難い。中小零細の自営業者など勤労市民層には強硬な調査と制裁の発動がなされるのに比して、独占企業や大資本や有資産者や政治的社会的な有力者には寛容な姿勢が顕著であることは否めない。ときおり大企業による大規模な脱税が報道されるものの、その割に当該責任の職にある企業の役職者が刑事告発され、それ相当の刑事罰を科せられたとの実例に乏しいというほかない(ちなみに昨年来マスコミを賑わしている鳩山由紀夫と邦夫の兄弟に対して母親から流されたとされる莫大な資金については、何年にもわたって課税を免れてきた。兄弟の弁解を基にしても贈与税の追徴課税は免れるものではない。しかし査察や訴追の対象にはされていない。政治資金規正法の手続違反で幕引きである。これが市井の庶民だったらどうか。苛烈な処遇がなされるであろう。そのことは推測に余りあると言わねばならない)。
 税務行政自体が恣意的の感を払拭できない。勤労市民層に対して些細な点をとらえて詰問したあげく、課税庁の思惑に従った税額水増しの修正申告を強要している現実が一般的である。それとの対比で差別的扱いを痛感させられる。
 税務行政の不公正も早急に是正されるべきである。そのための「納税者権利憲章」の制定をはじめとして、税務調査や課税処分さらには不服審査など手続面における公正を確保する税法の抜本的な改正こそが急務とされなければならない。

7 人権侵害を助長させる機能
 このような税制と税務行政の不公正を放置して所得税、法人税、相続税、消費税など個別税法における脱税犯の罰則を大幅に強化することは、これまでの課税当局による強権的な手法と人権無視の体質を、いたずらに促進助長させる機能以外の何物でもない。これこそ国民の期待に逆行するものにほかならない。
 単純無申告犯についても、脱税犯の「偽りその他不正の行為」の概念が、もともと「二重帳簿の作成」「売上の記帳除外」「架空経費の計上」「証憑の偽造」などを想定していたと思われるのにもかかわらず、不実の確定申告の提出をもこれに該当するとの拡張解釈がまかり通っている。このような実務やこれに追随する判例を改めることの方が先決と言うべきである。

8 弾圧の利器となる質問検査権の強化
 とくに中小零細自営業の納税者の立場から看過できない問題は、「検査忌避犯等の秩序犯や税務職員の守秘義務違反に対する罰則の強化」をうたう部分である。
 所得税法242条8号(法人税法162条2号、相続税法70条2号、消費税法68条1号)は、税務職員の質問検査に対する納税者や取引先の不答弁、偽りの答弁、検査を拒み、妨げ、忌避する行為を処罰の対象とし、1年以下の懲役又は20万円以下の罰金を定めている(消費税法は罰金のみ)。これらの規定が憲法31条、35条、38条に照らし、その合憲性に強い疑問が投げかけられ、あるいは限定解釈の必要が唱えられるなど、いまも論議が絶えない重大な問題点とされている。現にこれらの規定が、納税者の権利を主張し、税制や税務行政の民主化を求める特定の業者団体の構成員に対する弾圧の利器として活用されてきた歴史的事実を没却することができない。昭和40年代に始まる民主商工会に対する刑事弾圧や報復的な課税処分に全国各地の団員が全力で取り組んだ課題でもあった。

9 課税権力の宿念の具体化
 今回の「検査忌避犯等の秩序犯」の強化は、その威嚇力を背景に納税者側に税務調査に対する全面的で無条件の協力を強いるものである。その方向性は、これまで質問検査権の拡大強化を目指してきた課税当局(財務省、国税庁)による策動の具体化と見るほかない。納税者の権利を根こそぎ奪うに等しい。
 また「税務職員の守秘義務違反」は、税務調査の現場において「調査立会」など納税者の要求を撥ねつける課税当局側の口実とされてきた久しい歴史的な経過が存在する。そのような厳然たる事実に鑑みると、守秘義務違反の罰則の強化とは言いながら、実際には税務職員に対してではなく、その攻撃の矛先は、納税者が主張する権利の側に向けられるもの言わざるを得ない。質問検査権を補強する機能を加えるものである。

10 むすび
 よって、政府税調による「納税環境の整備」のうち、22年度改正として脱税等に対する罰則について法定刑の引き上げ等の見直しを行うとする点は、その基本的な立脚点が、納税者を犯罪者視するものであるうえ、政府が今後定めようとしている納税者憲章(仮称)の趣旨にも反するものであり、全面的な撤回を求めるべきものである。

以上


東京生生存権裁判(控訴審)について


東京中央法律事務所 渕上 隆(東京生存権裁判弁護団事務局長)

1 東京生存権裁判とは
 東京生存権裁判とは、2007年2月14日に、生活保護の老齢加算廃止処分の取り消しを求めて、都内に居住する70歳以上の生活保護受給者12名が原告となり、東京地裁に提訴した裁判である。東京のほか、京都、秋田、広島、新潟、福岡、青森、神戸各地裁でも提訴されており、全国の原告数は100名を超えている。また、京都、広島、青森、札幌、釧路では母子加算の削減・廃止をめぐっても裁判が闘われている。
 東京では、全国に先駆けて2006年6月に1審判決を迎えたが、原告敗訴の不当判決であった。その後、広島、福岡、京都でも原告敗訴の不当判決が下され、いずれも控訴審での闘いとなっている。
 そして、東京では、この2月に控訴審の結審を迎える。

2 老齢加算とは
 生活保護のうち、生活扶助基準は基準生活費と加算に大別されるが、そのうち基準生活費は年齢区分別の栄養所要量(第1類費)と世帯人員数(第2類費)によってその額が決まる。その結果、高齢者、とりわけその大部分を占める単身高齢者の基準生活費は、最も低い金額となっている。他方、加算とは、何らかのハンディキャップを負っている者について、基準生活費では満たされない特別の需要を充足し、その者の最低限度の生活水準を保障するために支給されるものである。つまり、「加算」と称されてはいるが、加算対象者にとっては、基準生活費と加算とが合わさって、ようやく「最低限度」の水準が満たされるという関係にあるのである。
 老齢加算は、加齢に伴う心身の変化により生じる特別の需要を満たすために、70歳以上の生活保護受給者に支給されていたものである。この老齢加算は1960年に創設され、40年以上にわたって存続、維持されてきた。ところが、「小泉構造改革」による社会保障費抑制政策の一環で、2004年度から段階的に削減され、2006年度には、完全に廃止された。

3 高齢生活保護受給者の生活
 高齢生活保護受給者は、老齢加算廃止前も、タンパク質の摂取も肉・魚などは遠慮し、豆腐等安いものでまかなうといった食生活を送り、入浴も概して3日に1度、夜中は消灯を早める、暖房具の使用に代えて厚着をするなどして、水道代、光熱費も節約してきた。それでも、友人・親族等の冠婚葬祭の際にも、祝儀金・不祝儀金などを工面できないため、出席どころか連絡すら取ることができないなど、人間だるにふさわしい社会的接触を持つこともできない生活を送ってきた。このようにもともと高齢生活保護受給者はぎりぎりの生活を送っていたが、老齢加算廃止により、生活扶助費の約2割がカットされ、さらに厳しい生活を強いられることなった。

4 何故「生存権裁判」か? 本件裁判の特徴
 これまで、生活保護に関して多くの裁判が闘われてきたが、生活保護基準そのものを問う裁判は朝日訴訟以来なかった。
 憲法25条は生存権保障について規定するが、これを具体化するのが生活保護法である。そして、生活保護法は、憲法25条に基づき健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、その基準(つまり生活保護基準)については厚生労働大臣が定めるとしている。したがって、生活保護基準の内容を問うことは、憲法が保障する生存権の内実を問うことになる。その意味で、私たちはこの裁判を「生存権裁判」と名付けている。
 もっとも、朝日訴訟では、厚生大臣が定めた生活保護基準の当否がそれ自体が問われたのに対し、本件訴訟では、既に定められ、その意味では生存権保障の一部となっていた加算を廃止したことの当否が問われているところに大きな特徴がある。
 そこで、私たちは、憲法25条等の違反とともに、不利益変更禁止原則を定めた生活保護法56条違反を主張して裁判を闘っている。

5 本件裁判の意義
 今般の老齢加算廃止による生活保護基準の引き下げで、特に問題なのは、政府が、"一般低所得者"の消費水準との比較において生活保護基準の切り下げを正当化していることである。しかしながら、我が国の生活保護の捕捉率は約2割と異常に低く、"一般低所得者"の中には様々な理由により生活保護基準以下の生活を余儀なくされている者が多数含まれている。そのような"一般低所得者"との比較において生活保護基準の引き下げを正当化すれば、基準の無限の引き下げを招き、生存権保障は「絵に描いた餅」になる。
 しかも、生活保護基準は、最低賃金や年金、住民税の課税基準などと連動しており、国保料・税ならびに介護保険料、公営住宅家賃の減免制度や公立高校の授業料の減免などにも多大な影響を及ぼす。生活保護基準の引き下げは、生活保護受給者だけの問題ではなく、"一般低所得者"の生活にも大きな影響を及ぼすのである。
 この裁判は、決して、高齢生活保護受給者のためだけの裁判ではないのである。

6 1審判決とその後の状況
 私たちは、1審以来、そもそも老齢加算廃止は、社会保障抑制策の一環として強引に押し進められたものであり、政府が主張する廃止の「根拠」なるものには正当性も合理性もないことを主張し、立証してきた。
 これに対して、1審判決は、本件にも生活保護法56条の適用があることを認めたものの、結局は、本件老齢加算廃止が、「憲法及び生活保護法の趣旨・目的に反するとまではいえず、厚生労働大臣においてその裁量権の範囲の逸脱又は濫用になるということはできない」として、原告の主張を退け、政府の措置を追認した。朝日訴訟高裁判決以来の「裁量権の壁」をどのようにしたら突破できるのかが、課題である。
 もっとも、1審判決以後社会情勢は大きく変わっている。「小泉構造改革」によりもたらされた格差と貧困に批判の目が向けられるようになり、老齢加算とともに廃止された母子加算は、政権交代により「復活」した。
 また、政府が、老齢加算廃止の「お墨付き」として利用した「生活保護の在り方に関する専門委員会」(専門委員会)の元委員長は、老齢加算廃止は専門委員会の本意に反するとして、政府の措置を批判する意見書を控訴審裁判所に提出している。
 このように、老齢加算廃止が、少なくとも、社会的・政策的には大きな誤りであったことは最早争いようのない事実となっている。
 後は、控訴審裁判所が法的にも誤りであったことを正しく認定することが待たれる。

以 上


築地市場移転問題


東京法律事務所 中川 勝之

 東京都中央卸売市場の「築地市場の移転整備」(2009年6月発行)のパンフレットによれば、目次で築地市場移転派の論理が分かる。すなわち、「(1)築地市場は深刻な問題を抱えています」としてその改革の必要性を示し、しかし、「(2)過去に再整備に取り組みましたが、業界調整が難航し中断しました」として改革の抵抗勢力として業界を描き、「(3)現在地での再整備はできません」として移転先にありきと決め付ける。その上で、「(4)移転先は豊洲しかありません」として移転先も決め付けながら、豊洲の土壌汚染問題が明らかになっていることから「(5)万全な土壌汚染対策を実施します」として、根拠もなく安全・安心を押し付けようとする。そして、移転がバラ色であるかのように、「(6)豊洲新市場は時代のニーズに応えていきます」、「(7)さらに市場の魅力を高めていきます」として「(8)新市場整備の今後の予定」を示し締めくくっている。
 しかし、築地市場の取扱数量が年々減少しているのは市場外取引の増加や漁獲高の減少等様々な要因によるものであり、施設の老朽・狭隘だけが原因ではない。そして、施設の老朽・狭隘だけが問題であれば現在地再整備で足りるはずである。しかし、現在地再整備は無理で移転しかない、しかも移転先は豊洲しかないというのである。この論理は無理を承知していたのか、同じく東京都中央卸売市場の「築地市場の移転整備 疑問解消BOOK なぜ移転が必要なの?」(2009年2月発行)のパンフレットには、現在地再整備は無理で移転しかないことについて8頁、移転先は豊洲しかないことについて6頁も割いている。
 築地市場移転派の狙いは、移転を奇貨として、現在でも減少を続ける卸売業者、仲卸業者等を一層減少させることを含めて大手スーパーに奉仕する流通センターとして市場を「改革」すること、合わせて超一等地である跡地を再開発用地とすることにある。土壌汚染対策は重要であるがそれが完璧であっても移転に賛成することはできない。築地市場移転問題は国政では破綻が明らかになった新自由主義=構造改革路線の一政策なのである。業界が消費者の利益を奪っているかのように描くのは規制改革論者の常套手段である。2009月4月に発足した全国中央市場水産卸協会の諮問機関である「卸売市場のあり方研究会」は、同年10月の中間取りまとめで卸売市場法の廃止による大幅な規制緩和を求めた。同研究会の委員長は元農水相事務次官であり、スーパー代表も入っている。括弧付き業界団体は築地市場移転に賛成しているが、現場の業者は違う。都民の食生活を守るため、築地市場移転に反対し、現在地再整備を求める次第である。

以上


シンドラー・エレベーター事件


東京合同法律事務所   前川 雄司

 東京地方検察庁は、2009年7月16日、シンドラー社の元東京支社保守部長と同保守部保守第2課長、エス・イー・シー社の社長・専務取締役・元メンテナンス部長を業務上過失致死罪で起訴した。
 マスコミは「起訴状では、シンドラー社の2人は04年11月に事故機が所定の位置からずれて止まるトラブルを起こした際、原因究明や再発防止を怠り、同公社(港区住宅公社)に対し事故の危険性について情報提供しなかった過失があるとしている。SECの3人には、事故機の点検方法について十分な調査を行わず、漫然と点検業務を続けた過失があるとした。これらの過失が相まって、ブレーキパッドの摩耗が進み、ブレーキが利かなくなり事故を起こしたとしている。」(読売新聞2009年7月17日)などと報じた。
 2006年6月3日の事故から3年。遺族はようやくスタートラインに立てたと述懐した。

 シンドラー社の関係者の起訴は難しいというのが一時の大方の観測だった。事故原因の解明が遅々として進まない中で、遺族の苦しみは想像を絶するものだった。弁護団との関係も何度も危機的な状態となった。そのような絶望的な状態を乗り越えた力は何だっただろうか。

 日航機墜落事故や信楽高原鉄道事故、JR福知山線脱線事故。いずれもかけがえのない多くの命が奪われた。こうした航空機や鉄道の事故については航空・鉄道事故調査委員会(現在は運輸安全委員会)が事故原因調査を行って報告書を作成する。しかし、エレベーター事故については事故調査機関がなく、事故原因調査は遅々として進まなかった。3年半を過ぎた今も事故原因は解明されていない。
 しかし、奪われた命の数が問題なのか。たった一人の命であろうと、命が奪われることはあってはならない。命の重さに変わりはない。

 市川大輔さんがどんな高校生だったのか。どのように生まれ、育ち、どんな夢を持ち、どう生きようとしていたのか。その理不尽な死がどんな苦しみをもたらしたのか、そして、この国の事故原因究明と再発防止対策の法制度がどんなもので、それがいかに遺族を苦しめ、事故原因究明と再発防止を阻害しているか、こうした事実をぜひ知っていただきたいと思う。
 「赤とんぼの会」(平成19年度小山台高校野球班3年保護者の会)の保護者たちと高校生たちがどのように立ち上がり、その輪を広げていったのか、その力がどのように国土交通省や警察や検察を動かしたのかについても。

 消費者法ニュース別冊・赤とんぼの会編「エレベーター事故から安全を考える 独立した事故調査機関の設立を求める 〜事故の原因究明なくして、真の再発防止なし〜」は、遺族の思い、赤とんぼの会の活動、エレベーター事件の経過、安全を考えるシンポジウムの記録と資料を収録したものである。
 安全を考えるシンポジウムの概要はつぎのとおり。

基調講演  柳田邦男さん(ノンフィクション作家)
パネリスト  柳田邦男さん(ノンフィクション作家)
向殿政男さん(明治大学理工学部教授)
佐藤健宗さん(鉄道安全推進会議(TASK)事務局長)
中島貴子さん(元東京大学法学部COE特任研究員)
木下正一郎さん(医療問題弁護団)
前川雄司(エレベーター事件弁護団)
コーディネーター  中村雅人さん(日弁連消費者行政一元化推進本部本部長代行・エレベーター事件弁護団)

 ぜひ購入してお読みくださるようお願いします。

 刑事事件は現在、公判前整理手続が行われているところである。遺族は被害者として参加し、いよいよこれまで見ることのできなかった証拠を見ることができるようになる。刑事事件の手続において事故原因と刑事責任の解明を進めるとともに、民事訴訟でも事故原因と民事責任の解明を進めることになる。
 そして、事故調査はどうあるべきか、事故原因解明と再発防止のためにどんな改革をすべきか、これは真の意味で安全で安心な社会を実現するための一つの大きな実践的課題である。

以上


新銀行東京訴訟


東京法律事務所 中川 勝之

 08年8月4日に東京地裁に提訴された新銀行東京の元行員に対する裁判が、09年11月6日、和解により終結した。本件裁判は、新銀行が元行員に対して(1)「事業計画(参考資料)ブリーフィングメモ」と題する新銀行作成の文書及び同文書に記載された会議の内容を録音した記憶媒体の返還、(2)1000万円の損害賠償及び(3)新銀行に関する情報を開示、漏洩することの差止めを求めた裁判であったが、和解の内容は損害賠償請求権の放棄や差止め請求の取下げ等であって、実質的には元行員全面勝利の和解であった。
 東京都が1000億円を出資し04年4月1日に設立、翌05年4月1日に開業した新銀行はわずか3年で累積赤字が1000億円を超過した。しかし、08年に東京都は都民の反対を押し切って400億円の追加出資を行い、経営破綻した新銀行を「延命」させた。この新銀行の経営破綻問題について08年5〜6月にサンデープロジェクトや「週刊現代」において元行員が告発・通報した問題は、第1は開業直前の04年11月から05年1月にかけて行われたブリーフィングによる東京都の圧力・介入の問題であり、東京都側の出席者が新銀行にマスタープランを押し付けていた。同ブリーフィングに元行員は記録担当として出席し記録媒体に録音するとともに詳細なメモをまとめていた。第2は、都知事秘書や都議会議員の「口利き」の問題であり、元々稚拙な審査基準を一層杜撰にさせて経営破綻をもたらした。第3は、開業2年目に行われた日銀の考査(検査)寸前に行われた内部資料の廃棄の問題であった。この元行員の勇気ある告発・通報に対し、新銀行がいわば報復として提起したのが本件裁判であることは明らかである。
 新銀行がいずれの請求においても根拠としたのは、元行員が入社時に署名捺印した「誓約書」であった。「誓約書」に規定された「機密」は無限定で退職後にも効力が及ぶものとされていた。しかし、このような「誓約書」が規定どおり効力を有すると解することはできないことは明らかであるし、公益通報保護に影響しない。すなわち、元行員による告発・通報は公益通報者保護法の対象外の行為であるが、それは従来からの一般法理で保護された。一般法理は公益通報の正当性を真実性、公益性及び相当性の3つの要件で判断するところ、元行員による告発・通報は3つの要件を満たすことは明らかであった。
 以上の趣旨の準備書面を弁護団は提出し、新銀行の主張に理由がないことは明らかとなった。裁判所も提訴当初から和解を打診し、原告新銀行、その背後にある東京都ひいては石原都知事の抵抗が予想されたものの、裁判所の粘り強い説得により和解が成立したものである。
 09年の都議会議員選挙で新銀行の存続に反対を掲げる党派の議員が都議会の過半数を占め、同年9月の本会議で新銀行について審議する特別委員会が設置された。しかし、新銀行の速やかな清算と経営破綻についての責任追及はこれからである。また、元行員は本件裁判を「民主主義の根幹を破壊する言論弾圧裁判」と批判してきたが、「スラップ訴訟」は許されない。(弁護団は松井繁明、田中隆、瀬野俊之、武井一樹、林治の各団員と私)

以上


なぜ2016年東京オリンピック招致に反対なのか
石原オリンピックの問題点と招致反対活動


第一法律事務所  高石 育子

1 なぜ2016年東京オリンピック招致に反対なのか
 オリンピックは、スポーツを通じた世界的な平和の祭典である。64年の東京オリンピックを知らない私のような世代は、「オリンピックをこの目で観てみたい」という純粋な気持ちも確かにある。ではなぜ招致に反対なのか。

2 開催理念の不当性
 東京都のオリンピック招致は、石原都知事のトップダウンによって進められたものであり、開催の理念、動機として掲げたものは「都市の再生」であった。開催計画書では、「10年後の東京」計画とオリンピック開催計画が完全に一致するとして、インフラ整備に別途9兆円をつぎ込む計画となっており、オリンピック招致を口実に、都民から反対の声が多い三環状道路の整備、築地市場移転等の都市再開発を一気に進めるという意図が明らかであった。それは、現都政の政治目標実現のためにオリンピックを利用することに他ならない。

3 都民の賛成が低いこと
 オリンピック招致が、石原都知事の独断で決まっており、オリンピック招致・開催計画決定のプロセスに都民の意思が反映されていない結果、招致に対する支持率が低くなっている。賛成は、都民及び国内全体ともに50%台(IOCが09年1月に行った調査による)となっており、他の候補都市(シカゴ、マドリード、リオデジャネイロ)中、最低であった。

4 多額の招致活動経費
 招致活動経費は、公表されただけでも、06年9月から09年10月分の3年間で150億円が投じられる計画であった。その上、別の会計費目からの流用もあり、実際にはそれ以上の額が招致活動に費やされたと言われている。

5 貧困なスポーツ行政
 東京都のスポーツ振興関連予算は、石原都知事が就任した99年度からオリンピック立候補都市となる直前の04年度までの5年間で年々削減され、04年度は99年度の約3割にまで削減された。その結果、その間のスポーツ施設の新設はなく、老朽化した既存施設も改修されずに放置され、利用料の値上げが続いている。東京都のスポーツ関連施設数は全国最低レベルであり、都民がスポーツをしたくてもできない、オリンピックを見てスポーツへの意欲が沸いてもスポーツをする環境にない。
 この環境の中で、オリンピックをイベント的に開催しても、都民が受け入れる環境にないと言わざるを得ない。

6 開催計画自体に問題が多いこと

(1) 半径8km圏内に会場を集約した開催計画
 開催計画の最大の目玉は、メインスタジアムを中心に半径8km圏内にほぼすべての競技会場を集約している。ところが、そのために開催計画には以下のような様々な問題点が発生しているのである。
(2) ヘドロの海でのスイム〜選手の健康への配慮を欠いた会場設定
 トライアスロンのスイムなどの競技会場は、東京湾のお台場海浜公園と計画されているが、そこは遊泳禁止区域である。
 実際、その海域は、環境省の水浴場水質判定基準をクリアしていない 。しかも、過去30年間、水質に改善が見られていない 。その上、オリンピックが開かれる夏季は、赤潮や青潮の影響で、1年で最も水質が悪化する。端的に言えば、赤潮、青潮で水質が悪化し、海底にはヘドロが溜まり、悪臭のする海でトップアスリートを泳がせる計画なのである。
(3) 多数の施設建設・既存施設の不活用・施設整備費が最高額に
 東京都は「環境五輪」「最もコンパクトな五輪」と宣伝し、「競技会場の7割は既存施設」であり、34の会場中23が既存施設と謳い、あたかも費用を最小限に抑えた質素な計画かのように宣伝していた。
 しかし、23の「既存会場」のうち少なくとも7の施設が新設会場である。例えば、「既存会場」の東京辰巳国際水泳場は、既存のプールは競技会場としては一切使用されず、同水泳場の横の公園内に新設する2つのプールが会場なのである。その建設費は392億円もの高額である。同じく「既存会場」のホッケー会場は、大井埠頭の野球場を潰して48億円かけて新設されるのである(この野球場は、団東京支部の一大イベントであるソフトボール大会で使用する野球場である!)。
 他方、既存施設は十分に活用されていない。64年の東京オリンピックのメインスタジアムであった国立競技場をメインスタジアムとしては利用せず、中央区晴海に931億円かけて新設する。駒沢オリンピック公園総合運動場は、競技会場としては一切使用しない。
 オリンピック招致委員会によると、国立競技場をメインスタジアムとして利用しない表向きの理由は、IOCの基準を満たすためには改修が必要であるところ既存不適格建造物のため改修工事は都や区の許可が下りないこと、所有者である国の同意が得られなかったこととしているが、どちらも決定的な理由とは言えまい。むしろ国立競技場がメインスタジアムになると、"メインスタジアムから半径8km圏内に会場を集約"できなくなることや、初めから建設ありきが本音ではないかと思われる。
 他方、駒沢運動場は、"半径8km圏内"に入らないことを理由に会場から外されたことをオリンピック招致本部も認めた。駒沢運動場を入れると"半径10km"となるという。たった2km超えるだけで会場から外されたのである。
 このように、半径8km圏内のために、既存の施設が活用できていない一方、"8km圏内"に多数の新設をしているのである。その結果、競技施設整備費は4143億円となり、他の候補都市中最高額なのである。どこが「コンパクトな五輪」なのか。
(4) 観客の輸送手段の問
 1日に最大で78万人が各競技会場を訪れ、メインスタジアムだけでも1日に最大10万人が訪れると予想されている。大量の観客の輸送手段として計画されているものはどれも実効性に乏しい。
 超過密都市東京に、都心部に集中して会場を配置した結果、交通機関は麻痺することは明らかである。
(5) 災害時のリスク対策
 東京は自然災害リスク指数断トツ世界1位である(ミュンヘン再保険会社による)。
 都心部で大地震が発生した場合、木造密集地である環状6号・7号線沿線にドーナツ状に火災が発生し、ライフラインは停止、多数の建物の倒壊・焼失、公共交通機関が停止され最大約650万人の帰宅困難者が発生すると予測されている。
 もしオリンピック開催期間中に地震が発生すれば、都心に集中させられてしまった観客たちは都心に閉じこめられる結果となってしまう。しかも、メインスタジアム予定地(中央区晴海)は、三方が海に囲まれた埋め立て地の島であり、災害時には橋が崩落して孤立しやすい上、液状化の危険や、限られた橋に観客が押し寄せパニック状態に陥ることも容易に想定される。

7 異議あり!2016石原オリンピック連絡会の活動

(1) このように東京都のオリンピック招致計画は様々な問題点があり、石原都知事が独断で推し進めているオリンピック(=石原オリンピック)であるとして、団東京支部は、新日本スポーツ連盟東京都連盟(以下「新スポ連」という。)やその他11友好団体と、「異議あり!2016石原オリンピック」実行委員会を結成(その後連絡会に名称変更)し、招致反対活動をした。
(2) 4.14シンポジウムと4.17アピール行動
 招致開催計画を様々な角度から分析・議論しようという趣旨で、09年4月14日にシンポジウムを開催した。経済効果の観点、都政の観点、オリンピック運動の観点でそれぞれの専門家から分析・報告がなされた。参加者は152名と予想を大きく超え、シンポは大成功を収めた。
 4月17日に、IOC評価委員の視察に合わせて、「2016BID Objection! 異議あり!」のプラカードを掲げて静かに結集した。
(3) IOC評価委員との面会
 IOC本部に、事前にシンポ開催と招待の旨をFAXしていたところ、来日中のIOC評価委員との面会が4月19日に実現し、我々の意見をIOC側に直接伝えることができた。後に発表されたIOCの報告書にも反対派から意見を聴取したことが記載された。
(4) オリンピック招致委員会への訪問
 我々連絡会は、7月30日にオリンピック招致委員会を訪問し、招致・開催計画の問題点、疑問点などを質問した。招致委員会の回答は、「問題ない」「未検討」などあいまいな回答であり、計画自体が綿密なものではないことが露呈された。
(5) IOCへの意見書送付と面会要請
 9月にIOC本部へ意見書を送付するとともに、IOC総会(デンマーク・コペンハーゲン)前の面会を希望する旨を伝えた。
(6) アジアスポーツ法学会国際学術研究
 大会2009での自由研究発表
 9月18、19日に行われたアジアスポーツ法学会国際学術研究大会2009で、「東京都のオリンピック開催計画の現状と課題〜オリンピック憲章も踏まえ〜」とのテーマで、東京都のオリンピック招致計画について自由研究発表をした。
(7) IOC総会開催地での活動
 連絡会の代表団として、団東京支部から6名、スポ連から1名が、デンマーク・コペンハーゲンに渡り、開催地が決定されるIOC総会開催地でアピール行動をした。活動の詳細は、報告集「2016石原オリンピック招致反対行動の記録」に譲る。東京支部始まって以来と言われる海外での宣伝行動は、東京都の落選という晴れ晴れしい成果を上げることができた。

8 さいごに
 石原都知事は、落選の検証・反省もしないまま、すでに20年の招致立候補の可能性に言及している。しかし、150億円もの費やしなぜ落選したのかを検証をしないまま再立候補をすれば、同じ過ちを繰り返すだけである。
 また、招致活動経費の150億円の監査と落選の検証を経て、そして、都民が真に歓迎する計画でないかぎり、再立候補は許してはならない。

以上


B型肝炎訴訟について


東京合同法律事務所   瀬川 宏貴

1 B型肝炎とは
 B型肝炎とは、B型肝炎ウイルス(HBV)に感染することにより起こる肝臓の病気である。B型肝炎ウイルスに感染し、ウイルスが肝細胞に住み着く状態(持続感染)となった場合、慢性肝炎、肝硬変、肝がんの原因となる。B型肝炎患者・ウイルス持続感染者は、全国に120万人から140万人いると推定されている。
 B型肝炎ウイルスは、ヒトの血液を介して感染するものであるが、成人が感染しても免疫機能が発達しているため、基本的にB型肝炎ウイルスに対する抗体が作られ、持続感染することはない。
 しかし、0歳から6歳までの幼児がB型肝炎ウイルスに感染した場合、免疫機能が未発達なため、B型肝炎ウイルスは排除されず、持続感染者となる。
 B型肝炎ウイルスの主な感染原として、集団予防接種の際の注射器の使い回し、母親からの感染、輸血による感染等がある。日常生活の場で、B型肝炎ウイルスに感染することはほとんどない。集団予防接種において、注射器・筒が連続使用された場合、前の被接種者にB型肝炎ウイルスの持続感染者が存在していれば、ほぼ確実に後者に対し感染する。
 現在までのところ、B型肝炎の決定的な治療法は開発されておらず、治療法としては、インターフェロン治療や抗ウイルス薬の投与により、ウイルスを抑える治療が一般的である。インターフェロン治療は、強い副作用を伴う治療であり、患者に甚大な負担を強いる。
 また、抗ウイルス薬による治療は、開始後治療を中断した場合、肝炎が劇症化するおそれがあるため、いったん服用を開始すると、一生続けなければならない。薬代は高額であり、ウイルスが薬に耐性を持つリスクもある。患者は、このような不安を抱えながら治療を続けるほかない。 このように、B型肝炎に持続感染した患者は、生涯にわたり肉体的、精神的、経済的負担を受けることになる。

2 わが国での集団予防接種の実態
 1948年、予防接種法が制定、施行され、予防接種が義務付けられた。国は、昭和23年厚生省告示において、注射針の消毒は被接種者1人ごとに行われなければならないことを定め、昭和25年厚生省告示において、1人ごとの注射針の取り替えを定めたが、集団予防接種の実施機関に対して注射器(針・筒)の1人ごとの交換又は徹底した消毒の励行を指導せず、注射器の連続使用を放置した。このような実態は、昭和63年ころまで続いた。

3 2006年(平成18年)の最高裁判決
 1989年6月30日、B型肝炎ウイルスに感染した5人の原告が、国を被告として、札幌地方裁判所に訴訟を提起した。2006年6月16日、最高裁判所は、5人の原告全員について、B型肝炎ウイルスに感染した原因が、原告らが乳幼児の時に受けた注射針・筒を連続使用して実施された集団予防接種にあるとして、国の責任を認める判決を出した。この判決は、集団予防接種とB型肝炎ウイルス感染の因果関係を一般的に肯定したものである。

4 各地での訴訟提起
 最高裁判決の後、原告・弁護団、肝炎患者団体等は、国と交渉を行い、国にはウイルス性肝炎患者の救済対策を採る責任があると迫ったが国は、原告5人以外のB型肝炎感染者については、責任を認めず、救済対策を採らないとの態度を表明した。
 このような国の態度を変え、予防接種によってB型肝炎ウイルスに感染させられた被害者の被害を回復し、ウイルス性肝炎患者すべてが安心して治療が受けられる恒久対策の確立を目的として、2008年、各地で訴訟が提起された。
 2009年12月現在、北海道、新潟、東京、静岡、北陸、大阪、広島、山陰、九州の9つの地域で弁護団が結成され、全国で383名の原告が提訴している(被害者数373人)。これに対し、国は、訴訟において、最高裁判決で争点となっていなかった問題(父子感染の問題、ウイルスのジェノタイプの問題等)を持ち出すなどして、原告らの請求を全面的に争っている。

5 肝炎対策基本法の成立
 2009年11月30日、肝炎対策基本法が成立した。同法は、すべての肝炎患者を対象として、治療費助成、肝炎治療のための医療機関の整備、肝炎検査の質の向上などの恒久対策を定めたものであり、またB型肝炎訴訟との関係では、前文において集団予防接種の際の注射器の連続使用によってB型肝炎ウイルスの感染被害を出したことについて国の責任を明記した。
 肝炎対策基本法の成立はすべての肝炎患者の悲願ともいえるものであり、薬害C型肝炎原告団・弁護団、日本肝臓病患者団体協議会とともに、B型肝炎原告団・弁護団も同法の成立に向けて議員要請等の行動を行った。
 B型肝炎訴訟の目的は、上記のように被害救済と医療費助成などの恒久対策であるが、同法の成立により恒久対策について、一定の成果が出たものと評価することができる。ただし、同法には予算措置について規定がなく、肝炎対策の実現のために必要な予算獲得を目指して引き続き声を上げていく必要性は残っている。

6 B型肝炎訴訟の解決に向けて
 一方、被害救済については問題が残されたままである。各地の訴訟のうち先行している裁判所では、すでに証拠調べに入っており近く和解勧告が出される可能性もあるところもある。B型肝炎訴訟はすでに最高裁判決が出ており、上記のように肝炎対策基本法で国の責任が明記されている事件である。早期の被害救済のため、訴訟の全面和解、被害救済法の成立に向けて運動を広げていくことが重要であると考える。

以上


「外環の2」訴訟
 〜計画なき都市計画で終の棲家を奪うことを許さない〜


東京合同法律事務所  上原 公太(弁護団)

1 裁判の概要
 「いまから42年前の1966年、昭和41年3月の、やがて春が近いことを告げる、ある日の朝、私の住む武蔵野市吉祥寺東町と南町の一帯の各戸の郵便受けに、一枚のビラが配られました。それは、この町を南北に走る高架式の高速自動車道の建設計画が進められていることを告げるものでした。それはまさしく『青天の霹靂』と呼ばれるほどの衝撃を与えるもので、そこに住む住民は誰ひとりとして事前に知らされていなかった情報でした。」(原告意見陳述より)
 現在、東京地方裁判所において、東京都を被告として、幹線街路「外環の2」を作る都市計画(昭和41年決定)の無効確認・廃止等を求める訴訟を行っています。 原告となったのは、自身、計画区域に指定された地区に自宅を持つ故上田誠吉先生です(妻上田圭子さんが訴訟承継)。

2 「外環本線」(高速道路)計画と「外環の2」(地上部街路)計画

(1)  「外環の2」は、昭和41年当時、高架式の高速道路である「外環本線」(外環の東京都内区間のうち、関越道から東名高速までの約16kmの区間)の一部の区間(練馬区から三鷹市間の9km)について、高速道路の高架下を有効利用すべく、計画された幹線道路です。
 「外環本線」と同時に、昭和41年に都市計画決定(旧都市計画法)がなされた後、成熟した住宅街を形成している計画区域の住民らの反対運動などを受け、昭和45年に当時の根本龍太郎建設大臣が、住宅街を縦断する外環計画の「凍結宣言」をして以降、事業化も廃止もされずに放置されてきました。
 1990年代から「外環本線」(高速道路)建設の動きが再燃し、平成11年10月、石原都知事が、武蔵野市、練馬区の現地を視察し、同年12月の東京都議会定例会見で、「外環本線の地下化を基本として計画に取り組むこと」を表明して、建設への動きが本格化しました。
(2)  東京都は、平成19年4月、高架式の構造であった「外環本線」計画を大深度地下方式に都市計画を変更しました。石原都知事は、決定に先立つ平成18年4月の定例記者会見において、「地下工法でやるので地上に暮らすみなさんは安心してもらいたい」との発言を行っていました。これにより、上田先生を含めて地元のみなさんは、「これで立ち退かされずに、ここで安心して暮らしていけるようになった。」と考えていました。
 しかし、実は、上記説明にもかかわらず、実際には地上部の「外環の2」計画は現在においても存続し続けており、東京都はこれを(廃止せずに)将来事業化しようとする態度を表明するに至りました。

3 「外環の2」計画の主な問題点

(1) 成熟した住宅地を破壊する道路計画
 「外環の2」の計画区域は、住宅が密集し、それぞれ密接なコミュニティーを形成している成熟した住宅街を縦断していますが、この道路計画によって地域住民の土地がとりあげられて、成熟した住宅街が破壊されることになります。
(2) 地上の「外環本線」計画なきあとの「計画なき計画」
 外環の2計画(地上部街路)は、外環本線(高速道路)が高架式構造を前提としていたために必然的に生じる「死に地」の利用という理由から計画されたものであって、高架式の外環本線(高速道路)計画を「前提」、「重要な基礎事実」とした計画でした。
 外環本線(高速道路)が構造を大深度地下方式に変更した以上、もはや「外環の2」計画自体の存在理由・正当性は失われています。
(3) 住民の意思を無視した計画
 平成19年4月に外環本線(高速道路)の大深度地下化への変更が、莫大なコストという代償を払ってまで行われた理由は、成熟した住宅街の住民らの反対意見と外環本線建設の必要性の両立を図ることを意図したものでした。
 変更手続における東京都の説明も、「大深度地下に変更されれば地上部の移転は行わずにすむ」、というものでした。
 そうであるとすれば、先行する自らの説明と矛盾する形で外環の2計画を実施する裁量は東京都にはなく、仮に外環の2計画を実施しようというのであれば、その変更手続において東京都が誤った説明を行っていたことになりますから、その平成19年の外環本線変更手続にも重大な瑕疵が存することに帰結します。

5 提訴後の主な経過

(1) 外環の2計画の無効確認等を求めて2008年10月に提訴し、その後、7回の弁論を重ねています。
(2) なお、昨年10月、コペンハーゲンでのオリンピック総会の会場付近でも、地域コミュニティを破壊するなど「外環の2」計画の問題を指摘する宣伝活動を行いました。
(3) 2010年1月16日には、計画区域の各住民の方々によって、「『外環の2』訴訟を支援する会」が結成されています。

6 まとめ(今後)

(1)  本件訴訟は、故上田誠吉先生を含めた計画区域に住む住民における、「外環の2」に対する多くの疑問の声、反対の声を背景として提起されています。
 上田先生の自宅のある武蔵野市は、「外環の2」について、「整備の必要性は認識していない」との意見を表明しています。
 この間、住民の意見を聞く機会として開催されてきたパブリック・インボルブメントにおいても「外環の2」についての疑問、反対の声が相次いでいました。
 もともと、「外環の2」は外環本線(高速道路)と一体のものとして都市計画決定されたものであり、地元住民もそのように認識していました。この間、外環本線(高速道路)の地下化が、地元のみなさんに「迷惑をかけないように、とにかくあの下をくぐる、そういう工法でやりますので、その点はご安心いただきたいと思っております」という、石原東京都知事のアナウンスとともに進められ、外環本線(高速道路)を地下化する都市計画決定が行われました。
 誰もが、外環関連計画は、外環本線(高速道路)とともに地上にはなくなったと認識していました。
 ところが、「外環の2」は未だ残っており、都市計画法による権利制限とともに、将来土地収用が行われるかもしれないという状況におかれているわけです。
(2)  このように、当初計画の「最も核心的な要素」が失われた、計画なき都市計画ともいうべき外環の2計画によって、地域住民を権利制限や収用の危険にさらし続けることは許されるべきことではなく、早期に是正されるべきです。
(3)  今後も、「外環の2」は本当に必要な計画なのか、財政や環境への影響は如何なるものか、コミュニティへの影響等を含め、主張・立証を行っていくことになります。
 現時点においては、原告は上田誠吉先生(現在は訴訟承継人である上田圭子さん)の単独の裁判ですが、今後は原告団及び弁護団の充実が必要であると考え、現在あらたに原告として参加してくれる方を求めている段階です。

以上


COP15に参加して


弁護士法人 まちだ・さがみ総合法律事務所  川合 きり恵

 2009年12月、デンマークのコペンハーゲンで開催されたCOP15に、公害・地球環境問題懇談会(http://www.jnep.jp/)の代表団の一員として、高尾山の天狗弁護団(http://homepage3.nifty.com/takaosan-tengusaiban/index.html)から和泉貴士弁護士と共に参加した。

 目的は、
(1) 原子力発電や火力発電によらない実効性のあるCO2の25%削減と途上国援助を、現地で日本政府に働きかけること
(2) 公害と温室効果ガスの排出源は同じであることから、悲惨な公害の経験を温暖化対策に生かすよう公害被害者を先頭に現地で訴えること
(3) 美しい日本の自然を未来に手渡すため、無駄で有害な公共事業を止めるよう訴えること
であった。

 結果的に、コペンハーゲン協定は採択には至らず、賛同する国のみが名簿に国名を載せるものになった。協定自体も、平均気温の上昇を2℃未満に抑制することを目標とせず、世界の温室効果ガス排出量を削減に向かわせる期限(ピークアウト)も設定されなかった。最大の問題は、先進国の中期目標が各国の自主的な削減目標を積み上げる方式でしかなく、法的拘束力がなかったことであった。もっとも、米中を合わせた120カ国以上の首脳クラスが集まり、温暖化の危機感を共有できたこと、平均気温の上昇を2℃未満にすべきとする科学的知見を認識したこと、不十分ながらも資金援助について合意できたことが大きな成果であった。
 私個人としては、ワールドアクションデーのデモ行進や320ものNGOが集まるクリマフォーラムで、NGOの人々と地球温暖化に対する危機感を共有できたことが貴重な経験であった。イギリス、フランス、ドイツ、南アメリカ、中国など、世界中の国の人々が、時間と交通費をかけて集まり、真剣に地球温暖化に対して取り組んでいることを実感した。
 デモ行進で、私たちの後ろで行進していたデンマークグリンピースは「環境の正義を(Climate Justice)!」と叫んでいた。これは、国連のアナン事務総長が温暖化の影響でアフリカの農作物が被害を受けた時に提唱した言葉であった。クリマフォーラムでは、中国の川の水が枯渇している写真、食糧難が現実化している写真等が貼られていた。地球温暖化の問題は、先進国と発展途上国の間の貧富の差、歴史的な侵略と搾取の問題と重なっている。地球温暖化への対策が急務となっている中、共通の目的である将来の子孫に対して住みやすい地球を残していくため、公平で中立で正義にあったルール作りをする必要がある。具体的には、莫大な量のCO2を排出してきた先進国が、責任を自覚して科学的知見に沿った削減目標を掲げ、途上国に必要な支援をし、途上国は従来の先進国とは異なる削減しながらの経済発展を目指すことが重要である。
 そのほか、デンマークでは福祉国家デンマークの歴史と文化、環境、エネルギー、高齢者、消費者問題などへの取り組みの研修を受けた。特に印象に残ったものは、エネルギー政策であった。デンマークも以前は95%近く化石燃料に頼っていたところ、石油危機をきっかけとしてエネルギー政策を転換した。その際、隣国スウェーデンは原子力発電に向かったものの、デンマークでは国民の反対運動により、政府を動かし、風力発電に向かった。今やデンマークでは30%が持続可能なエネルギーであり、2050年には3分の2、2075年には100%にすることを目指している。草の根の国民の運動が国のエネルギー政策を変えた実例に触れ、国民運動の役割の重要性を実感した。

以上

 
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