自由法曹団 東京支部
 
 
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事件活動―教育

「日の丸・君が代」と定年後の再雇用


旬報法律事務所  新村 響子

1 不起立・不斉唱による嘱託採用拒否
 都教委は、2003年10月23日付で、全都立高校の校長らに対し、卒業式・入学式等において国歌斉唱時に教職員らが指定された席で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること等を徹底するよう命じる通達を出した。いわゆる10.23通達である。
 この通達に基づいて各教職員らに対して出された職務命令により、教職員らは国歌斉唱時の起立・斉唱・ピアノ伴奏を強制され、それに従わなかった者は職務命令違反として懲戒処分となった。この懲戒処分は10.23通達発出以降、現在まで毎年行われ、延400名を超える教職員が懲戒処分を受けており、一番重い処分は停職6ヶ月となっている。
 この懲戒処分とは別に、現場の教職員らに重大な影響を与えているのが、不起立等を行った教職員は、定年後の嘱託職員としての再雇用を拒否されるという事態である。懲戒処分という不名誉・不利益もさることながら、60歳での定年後65歳まで5年間の嘱託職員としての道を奪われるというのは、教職員らにとって極めて重大な不利益である。
 この嘱託再雇用拒否に関しては、嘱託職員としてすでに合格していながら合格後に不起立であったために合格を取り消されたという解雇事件、一度でも不起立等があったために嘱託採用を拒否されたという採用拒否事件(1次、2次)が裁判所で係争中である。
 2010年1月28日、東京高裁で採用拒否事件(1次)の判決が出されたので、その内容について紹介しつつ、問題点を訴えたい。

2 2010年1月28日東京高裁判決
 訴訟における大きな争点は、(1)国歌斉唱時の起立等を命じる校長の職務命令が憲法19条に違反するか、(2)10.23通達及びその後の都教委による指導が改正前教育基本法10条に違反するか、(3)採用拒否が東京都の人事裁量権の濫用・逸脱にあたるか、という3つである。
 第1審である東京地方裁判所は、2008年2月7日、争点(1)(2)については否定したものの、争点(3)について、本件採用拒否は国歌斉唱時の不起立を極端に過大視したもので、定年まで勤めた一審原告らの勤務成績に関する他の事情をおよそ考慮した形跡がなく、都教委の裁量権を逸脱・濫用していると判断し、一審原告らに1年分の逸失利益の損害賠償を認めた。
 ところが、2010年1月28日、東京高裁第4民事部は、採用拒否について何ら問題はないとして、一審原告らの請求をすべて棄却するという逆転敗訴判決を言い渡したのである。
 判決は、争点(1)については、2007年2月27日のピアノ事件最高裁第三小法廷判決と同様に、一審原告らが国歌斉唱時の起立を拒否することは、一般的に一審原告らの内診の自由の本質又は核心と不可分に結びつくものではなく、思想良心を否定する行為を命じるものではないとして憲法19条違反と認めなかった。
 また、争点(2)については、都教委が学校に対して行う教育の内容方法に関する介入については大綱的基準に限られないとし、必要性・合理性を認め、「不当な支配」には当たらないと判示した。
 そして、さらに争点(3)についても、公務員の再雇用制度は、新たに公務員として任用する行為であって、再雇用に係る要綱に定める成績要件についての評価及び判断に係る裁量権はかなり広いことを理由に、本件採用拒否について東京都の裁量権逸脱・濫用はないと判断したのである。

3 再雇用の期待をもっと重視すべき
 日の丸君が代をめぐる裁判としては、争点(1)、(2)が本質的な争点であろうが、一審原告ら教職員の労働者としての地位という点に鑑みれば、東京高裁が争点(3)についても第1審の判断を覆し、東京都の裁量権逸脱・濫用を認めなかったことは、極めて不当である。
 教職員嘱託職員制度は、定年制の代償制度として導入された制度であった。そのため、ほとんどすべての人が採用されてきた。懲戒処分を受けた人も例外ではない。本件一審原告らよりも重い減給処分や停職処分を受けた人であっても、これまでは採用されてきたのである。
 判決はこれらの事実を認定しているにもかかわらず、それでもこれらの期待は「事実上のもの」にすぎない、として切り捨てる。東京都が成績評価にあたって考慮する要素は「その時々によりその比重が変化することも許容され得る」から、前例と違うという事実があるからといって、「本件不合格が、裁量権の著しい濫用ないし逸脱に当たるとまでいうことはできない」はいえないというのである。
 しかし、労働者が抱く再雇用への期待をこのように簡単に切り捨てていいのであろうか。制度上、希望すれば採用されるような仕組みになっていれば、採用されると期待するだろう。みんなが合格していれば、自分も採用されると期待するだろう。自分よりも重い懲戒処分でも合格していれば、軽い懲戒処分を受けた自分は大丈夫だろうと思うだろう。その期待がなぜ保護されないのか。こういった事実の積み重ねにより「法的保護を受ける期待権」が生ずるものと考えるべきである。
 今、時代は高齢化社会である。高齢者雇用安定法が制定され、65歳まで働くことが前提とされる社会となりつつある。停年後の再雇用への期待を保護する必要性は、公務員であっても変わりはない。
 定年後の再雇用だけではない。非正規職員の雇い止めの場合も、民間労働者であれば解雇権濫用法理が類推適用され地位確認も認められ得るところ、公務員の場合「新たな任用行為」であるからという理由のみで、地位確認はもちろん損害賠償さえ認められないというのが現状である。 労働者としての当然の期待をあまりに軽視する東京高裁の考え方のおかしさを本件だけでなく様々な公務員の労働事件を通じて訴えていくべきである。

4 たたかいの舞台は最高裁へ
 この不当判決を受けて、原告団・弁護団は直ちに上告の方針を決定した。2003年10月23日に出されたいわゆる「10・23通達」をめぐる訴訟は多数提起されているが、本件を含めた数件がついに最高裁に係属することとなる。
 最高裁において、思想良心の自由のあり方、そして原告らの再雇用への期待の保護について、常識的な判断がされることを願って、最後まで力を尽くしたい。

以上


日の丸・君が代訴訟の現在


城北法律事務所 平松 真二郎

 2003年10月23日、東京都教育委員会は、卒業式等の儀式において教職員らに「国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること」を懲戒処分によって強制する通達を発出した。それから6年半がたとうとしている。
 この間、まず、400名の教職員が原告となって、「国歌を斉唱する義務がないことの確認」及び「職務命令違反として処罰することの差し止め」を求める訴訟(予防訴訟)を提起し、2006年9月21日、東京地裁民事36部において原告らの訴えを全面的に認める画期的な判決が出された(難波判決)。
 しかし、その後は、起立しなかったことを理由として嘱託採用の合格取り消しをされた教職員が原告となった解雇訴訟(2007年6月20日判決 東京地裁民事第11部)、起立しなかったことを理由として嘱託の採用を拒否された教職員が原告となった採用拒否訴訟(2008年2月7日判決 東京地裁民事19部)、そして、実際に起立しなかったことを理由として懲戒処分をされた教職員が原告となり、懲戒処分の取り消しを求めた訴訟(2009年3月27日判決 東京地裁民事19部)と、いずれも、通達および職務命令が憲法19条あるいは教育基本法10条に違反しないとする判決が続いている。
 今後、採用拒否事件控訴審(2010年1月28日)及び解雇訴訟控訴審(2010年2月23日)につき判決が予定されており、今年は、最高裁に闘いの場が移ることになる。

1.各訴訟の経過

(1) 予防訴訟(東京高裁第24民事部係属中)
 06年9月21日、原告の訴えをすべて認める全面勝訴判決であったが(東京地裁民事36部)、都教委側の控訴により現在控訴審での審理が続いている。
 09年12月には、市川須美子独協大学教授(教育法学)の証人尋問が行われた。弁護団では、今夏の弁論終結、年内判決をめざしている。
(2) 解雇事件(東京高裁第16民事部)
 07年6月20日の全面敗訴判決を受け、控訴審での審理が続いていたが、09年4月、元三鷹高校校長土肥信雄氏の証人尋問を経て、7月14日弁論終結、2010年2月23日判決言い渡しの予定である。
(3) 採用拒否事件
 ア 採用拒否事件(東京高裁第4民事部)
 08年2月7日の第1審判決では、起立しなかったことのみを理由とする嘱託採用の拒否を都教委の裁量権逸脱と認定し原告の請求を一部認容する判決が出されている。しかし、通達および職務命令自体の違憲違法性については認められなかったため、原告も控訴し、09年10月1日弁論終結、2010年1月28日に判決言い渡しの予定である。
 イ 採用拒否(2次)訴訟(東京地裁民事第36部)
 07年、08年、09年に非常勤教員などへの採用に応募しながら、起立しなかったことで懲戒処分を受けていることを理由として非常勤教員への採用を拒否された原告による訴訟。09年9月29日提訴、12月21日に第1回口頭弁論が開かれ、地裁での審理が続いている
(4) 抗告訴訟
 ア 第1次訴訟(04年3月、4月に処分された原告173名)(東京高裁第2民事部)
 08年12月25日に弁論終結、09年3月26日、原告の請求を全面的に退ける不当 判決。原告団はただちに控訴し、現在、高裁での審理が続いている。
 イ 第2次訴訟(05年、06年に処分された原告67名)(東京地裁民事19部)
 09年2月に野田正彰関西学院大学教授(精神医学)の証人尋問により、卒業式などを前に教職員に精神的負荷がかかっている実態が明らかとなった。その後は、裁判官の交代などもあり2010年1月13日に弁論期日が開かれるなど、現在、第1審での審理が続いている。
 ウ 第3次訴訟(07年、08年、09年に処分された原告約30名による訴訟)
 現在、東京都人事委員会における審理が続いているが、3月2日、第3次訴訟として提起する予定である。

2 そもそも「日の丸・君が代」は価値中立的であるか

(1) 前記のとおり、数多くの訴訟が提起されている(私たちの弁護団が関わっている以外にも同種の訴訟が多数提起されている)が、それはこの通達に対して疑問を抱く教職員が数多くいることを物語っている。
 何より、日の丸君が代が価値中立的なものではなく、教育現場への日の丸君が代の導入が、なお賛否が分かれる問題であるからであろう。
 難波判決では、「我が国において、日の丸、君が代は、明治時代以降、第二次世界大戦終了までの間、皇国思想や軍国主義史王の精神的支柱として用いられたことがあることは歴史的事実であり……なお国民の間で宗教的、政治的にみて日の丸、君が代が価値中立的なものと認められるまでには至っていない状況にあることが認められる」とされ、いまなお、賛否が分かれる問題であることが理解されていた。
 しかし、その後に続く東京地裁の各判決では、あたかも日の丸君が代の儀式的行事への導入が価値中立的なものであるかの判断が続いている。その根底には抜きがたい裁判官の秩序優先の偏見が横たわっているというほかない。
(2) たとえば、2009年3月26日の処分取り消し一次訴訟判決では、卒業式等の儀式においては「出席者に対して一律の行為を求めること自体には合理性がある」、あるいは「卒業式等における国旗掲揚や国歌斉唱は、全国的には従前から広く実施されていたものである」、さらには、「児童・生徒、保護者や来賓等多数の人が参列する集団的行事である卒業式等において、校長がその権限に基づき、国歌斉唱を含む式次第を定め、これを実施しようとすることは、儀式としての性質上その必要性はあると言える」などとして、儀式的行事の統一性、画一性の必要にまで言及している。
 これは、画一性を求めることが人の内心の自由を制約につながりかねない問題であること無視して「一律の行為を求める」ことを許容する裁判官の根底にある人権よりも秩序優先の意識がにじみ出たものであろう。
 また、卒業式等における国旗掲揚や国歌の斉唱が、「全国的には従前から」広く実施されていた事実などない(証拠上明らかでもない)にもかかわらず、「広く」実施されていたなどと認定しているが、これは、裁判官の乏しい経験に基づく実態を無視した空疎な判断なのである。

3 10・23通達発出の真の狙いは何か

(1) 通達の内容
  2003年10月23日、東京都教育委員会は都立学校の各校長に対し、「入学式、卒業式等における国旗掲揚および国歌斉唱の実施について」と題する通達(以下「10・23通達」という。)を発出した。この通達は、卒業式等の式典を別紙『入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針』のとおり行うことを求め、「教職員が通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われることを、教職員に周知すること」を内容とするものであった。
 別紙実施指針では、国旗を掲揚すべき場所、方法、時間が詳細に規定されており、また、「式次第に『国歌斉唱』と記載すること」、「式典の司会者が『国歌斉唱』と発生し起立を促す。」、「国歌斉唱はピアノ伴奏等により行う」など入学式、卒業式等の式典における国旗掲揚、国歌斉唱の具体的方法について詳細な定めがなされていた。
 この通達によって、すべての都立学校のすべての教職員に対し、個別に、「国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること」を命じる職務命令が出され、卒業式などの会場では、壇上正面に日の丸が掲げられ、教職員は座席が指定されることとなった。
  都教委は、04年3月の卒業式には、ほぼすべての都立学校に職員を派遣し、壇上正面に国旗が掲げられているかどうか、式次第に「国歌斉唱」と記載されているかどうか、司会が「国歌斉唱」及び「起立」と号令をかけているかどうか、そして参列している教職員にとどまらず、生徒や保護者の起立あるいは不起立の状況を調査し、その詳細を報告させている。
 そして、都教委は、起立できなかった教職員のいたすべての都立学校の校長に対し、「服務事故発生」の一報を都教委に入れるよう指導したのである。
 この通達により、都立学校の卒業式は大きく様変わりした。
(2) 通達発出の狙いは何か
  都教委は、通達発出に先立って、「国旗・国歌の適正な実施」を「学校経営上の弱点や矛盾、校長の経営姿勢、教職員の意識レベル等がすべて集約される学校経営上の最大の課題」と位置付けている。すなわち、国旗国歌の問題を「教育」の問題ではなく、学校経営、すなわち「教育行政」の問題ととらえ、都教委⇒校長⇒教職員⇒生徒という、上意下達による学校支配の手段にしようとしたのである。
  訴訟において、都教委は、学習指導要領に基づく指導を求めていると主張するようになったが、これは後付けの言い訳にすぎない。
 そもそも、学習指導要領には、卒業式等の儀式的行事において「国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう指導するものとする」としか規定されていない。通達の実施指針では、国旗を正面向かって左に掲揚し、都旗を右に掲揚するよう規定しているが、なぜ、そうなるのかを学習指導要領から読み取ることはできない。
 また、音楽教師にピアノ伴奏を強制しているが、なぜピアノ伴奏でなければならないのか、伴奏を音楽以外の教師が行ってはいけないのか、通達の実施指針は学習指導要領から導き出される内容ではない。
 さらに、通達の策定過程において、学習指導要領の趣旨について議論されたことは全くなく、発出を決めた教育委員会においても学習指導要領の趣旨と通達の関係についてはまったく議論されていないのである。
  また、訴訟において、都教委は、国旗及び国歌に対する「正しい認識」や「尊重する態度」を身に着けさせることが必要であるともいうが、これらも後付けの言い訳にすぎない。
 通達では、教職員に対し「国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること」だけを求めており、仮に教職員が起立斉唱したからといって、生徒が国旗に対する正しい認識や尊重する態度を身につけることにはつながらないことは明らかであろう。
  

4 いま、都立学校がおかれている状況

(1)  都教委は、10・23通達により、式次第の内容から会場設営等に至るまで事細かに定め、これまで生徒を主人公として築き上げてきた学校ごとの創意工夫を否定し、200校を超える全ての都立学校に、「日の丸・君が代」を中心とする式を強制している。
 その徹底のために全校長から全教職員に職務命令を出させ、式当日には教育庁職員を全都立学校に派遣して教職員・生徒の言動を監視し、従わなかった教職員を処分することで教育現場から排除しているのである。
 なお、この処分は毎年、卒業式・入学式等のたびに繰り返され、10・23通達以降、2010年1月までに職務命令違反として懲戒処分された教職員は、のべ410名にのぼる。
(2)  10・23通達による大量の懲戒処分は、教職員に業績評価制度や、職員会議での挙手採決禁止などとあいまって学校を物言えぬ場へ変貌させた。
 たとえば、ある都立高校の元校長は、「ひとつは定年を待たない途中退職者の増加と、他は、嘱目される優秀な教師が管理職への意欲を失っていることである。正式上の正常の裏には、都立高校全体で教職のモラールの低下が進行している」と述べている。
 また、三鷹高校元校長の土肥信雄氏は、「現在のこの状況の原因が都教委の行き過ぎにあることははっきりしていると思います。行き過ぎのもっとも顕著なものが、平成18年4月に職員会議で挙手等によって教職員の意向を確認することを禁止したことです。そして、平成15年10月23日に都教委が全校長に対し通達を出してこれを教育現場に徹底させた問題は、今から振り返ってみれば、都教委による一連の行き過ぎの始まりであったのだと思うのです」、さらには、「職員会議などで強制反対の意思表示をするだけで問題教員だということにされてしまい、校長連絡会で校長が異論を唱えることも許されないというのが東京都の現状です。校長も教職員も意見を言うことができなくなってしまっています」と述べている。
 いまや、校長も教職員も言うべきことが言えなくなって閉塞感が学校を覆っているのである。

5 今後の課題

(1)  ピアノ事件最高裁判決以降の東京地裁の各判決は、国歌斉唱時の起立等を命じる校長の職務命令が憲法19条に違反するかという点についてピアノ事件最高裁判決に安易に追随する判断を示している。
 処分取り消し1次訴訟の判決も「原告らが国歌斉唱時の起立を拒否することは、原告らにとっては思想・良心に基づく一つの選択ではあろうが、一般的には卒業式等の国歌斉唱時に不起立行為等にでることが、原告らの歴史観ないし世界観又は信条と不可分に結びつくものではなく、また、校長の職務命令は、原告らの思想・良心それ自体を否定するものではなく、原告らに対し特定の思想を持つことを強制・禁止したりするものでもない」として、憲法19条違反とは認めなかった。
 ピアノ事件最高裁判決は、特定の教師に対して校長が職務命令を出した事案で、争点は19条論のみであったのに対し、一連のヒノキミ関連訴訟は、都教委がすべての都立学校の卒入学式のあり方を定めた通達を発出し、その実現のためにすべての都立学校で、すべての教職員に職務命令が出されている事案であること、ピアノ伴奏と起立斉唱という行為に差異があること、争点は、憲法19条論だけではなく、教育の自由(憲法23条、26条)、教基法10条もあることを丁寧に論じピアノ伴奏最高裁判決の射程が及ばないことを主張していくことが不可欠であろう。
(2)  また、日の丸君が代の導入は賛否が分かれる問題であり、日の丸君が代は価値中立的な位置づけにはないことの理解がある難波判決に対し、ピアノ判決多数意見やその後の東京地裁の各判決は「日の丸・君が代」の問題性を無視しているので、あらためて、「日の丸・君が代」の問題 = 国家(のシンボル)とどう向き合うかは、人の内心のありようと深く結びつく問題であるという理解にたどり着くよう裁判所を説得することが必要となっている。

以上


板橋高校威力業務妨害事件


城北法律事務所 平松 真二郎

1 事案の概要
 東京都立板橋高等学校の元教員である藤田勝久氏は、2004年3月11日に開催された卒業式に来賓として招待されていた。卒業式開式28分前に会場に到着した藤田氏は、保護者に対し週刊誌のコピーを配布し、その直後、数十秒間、保護者に「君が代」強制の問題について説明を行ったところ、校長から会場から退去を求められ、数分間にわたって抗議したが、結局、開式14分前には会場から退去した、というものである。
 その後、卒業式はつつがなく行われ、視覚障害のある生徒のピアノ伴奏による卒業生らの「旅立ちの日に」の合唱は感動的で、土屋都議でさえ「立派な卒業式だった」と述べている(土屋都議のコメントは、後にTBS「報道特集」で放映されている)。
 このような事実関係について、東京地検は、同年12月、「威力業務妨害」の罪名で公訴を提起した。
 第1審では13回にわたる公判審理の結果、2006年5月30日、東京地方裁判所は、罰金20万円の有罪判決を言い渡された(求刑懲役8月)。
 弁護団は、即時控訴し、控訴審においても6回にわたる公判審理が行われたが、2008年5月29日、東京高等裁判所は、藤田氏の控訴を棄却する判決が言い渡された。即日上告し、2009年1月上告理由書を提出したところである。

2 教育現場に対する政治の介入
 土屋都議は、2003年、他校の卒業式に出席した際、君が代斉唱時に起立しなかった卒業生を「一喝」するなどして起立させた実績があった。2003年4月の都教委定例会で、横山教育長は、日の丸君が代について「強制しないという政府答弁から始まっている混乱」であるとして、卒業式等に向け新たな対策を取ることを表明した。
 土屋都議は、2004年7月の都議会本会議で、「七生養護学校の性教育及び都立学校での卒業式等での日の丸君が代の取り扱い」を問題視する質問を行ない、横山教育長から「都立学校卒業式・入学式対策本部を設置する」との答弁を引きだすに至った。この答弁を受けて、都教委は、同年10月23日、「入学式・卒業式等における国旗掲揚及び国家斉唱の実施について」(いわゆる10・23通達)を発出するに至ったのである。
 そして、土屋都議は、2004年3月16日の都議会本会議において、板橋高校の卒業式について「生徒の不起立にかかわった教員」の調査・処分を求める質問を行い、教育長から藤田氏の行動について「法的措置を取る」旨の答弁を引き出すに至った。
 同月26日、都教委・板橋高校校長の連名の被害届が提出されたが、この「被害届け」の罪名は建造物侵入罪、被害事実欄は、「供述調書のとおり」と記載されているだけであり、どのような被害があったのか全く明らかにされないまま、探索的、無差別的、地曳網的な公安主導の大掛かりな捜査が展開されるに至った。
 藤田氏に対しても、自宅の家宅捜索や度重なる出頭要請など不当な捜査圧力が加えられたが、早期から組まれた弁護団の精力的な活動により身体拘束されることはなかった。

3 争点
 弁護側は、第1審以来、一貫して、本事件は(1)本件公訴提起が貢献を乱用した政治的目的による起訴であること、(2)構成要件該当性が欠けること(「威力」性を欠くこと、「業務妨害性)を欠くこと」、を2本柱として主張を展開してきた。
 まず、(1)については、上述のとおり、10・23通達自体、一部の先鋭的な都議会議員の教育介入によって発出されたものであることは明らかであり、政治権力が教育現場に介入する「不当な支配」によって発出されたものであるから、そもそも教育基本法10条(改定前)に反し違法な通達であるから、これに基づく卒業式の挙行自体が、「威力業務妨害罪」によって保護される業務などではないのである。
 次に、(2)については、事実関係の争い(教頭が藤田氏のビラ配布行為の制止したか否か、保護者らの反応、卒業式の「開式」遅延の有無、藤田氏の行為との因果関係など)を中心に、藤田氏は一般市民であること(卒業式に来賓として呼ばれているに過ぎず、教職員とは異なり校長の職務命令に従い、卒業式開式前からその準備活動等を行う必要がない立場にいること)を重点的に主張してきた。
 控訴審では、事実関係の証人だけでなく、ビラ撒き行為及び呼びかけ行為の規制であることから表現行為に対する刑罰法規の適用について市川正人立命館大学法科大学院教授の立場から意見書を、「威力性」解釈、本件行為が科×的違法性を備えているかという点につき刑法解釈学の立場から曽根威彦早稲田大学法科大学院教授の意見書を提出するとともに、曽根教授については証人として証言いただいた。
 しかしながら、控訴審判決では、曽根証言を一顧だにすることなく、控訴を棄却する判決が言い渡されている。

4 控訴審判決の問題点
 控訴審判決は、藤田氏の有罪を維持するため、恣意的かつ政治的な事実認定をしたといわざるを得ない。
 たとえば、判決では、まず、教頭が校長室を出発した時間を9時40分と認定し、校長室から会場の体育館までの距離150メートルを移動したことを認定している。にもかかわらず、教頭が体育館で藤田氏の週刊誌コピー配布を制止したと認定し、その時間が9時40分であるとも認定しているのである。それでは、9時40分に教頭はどこにいたというのか。事実認定そのものに矛盾が生じているのである。
 判決は、時速何キロメートルで校長室から会場の体育館まで移動したかなど資料をあげて説示しているが、その内容は空疎なものと言わざるを得ない。
 このような判断は、公安主導でなされた公訴提起に対し、キャリア裁判官が、藤田氏の有罪を維持するために、多数の証拠を黙殺して、教頭らの虚偽証言によりかかって恣意的かつ政治的な判断をした結果にほかならない。裁判官が、近代刑事司法の核心である「証拠裁判主義」「公平な裁判所」に反する認定を行っているというほかない。
 弁護団は、直ちに上告し、本年1月26日、上告趣意書を提出したところである。さらに補充書等を積み重ね、上告審において、真実が解明され、藤田氏の無罪が勝ち取れるよう、今後も弁護団員一同努力していく決意である。
 弁護団の中心は、加藤文也、小沢年樹、大山勇一、田場暁生、津田二郎、平松真二郎の各団員が担っている。

以上


七生養護学校「ここから」裁判


三多摩法律事務所 橋詰 穣

 09年3月12日、東京地方裁判所で、七生養護学校での性教育に対する都議らの政治的不当介入を違法と認める画期的判決が下されました。

 事案の概要
  事件は、日野市にある都立七生養護学校(「七生養護」)での性教育を巡って起こりました。03年7月2日、都議会で、土屋都議が七生養護の性教育で用いられていた教材を批判し、2日後の7月4日には、土屋都議、古賀都議、田代都議らが「視察」と称して東京都教育委員会(「都教委」)や産経新聞記者を同行して七生養護を訪れ、保健室で養護教諭2名に侮辱的な言動を行いました。翌日の産経新聞には「過激性教育」「まるでアダルトショップのよう」という七生養護の実態に反するセンセーショナルな記事が一方的に報道されたのです。7月7日、9日と都教委が七生養護に立ち入り調査を行い、9月と12月には七生養護の教員を含む多数の教員に厳重注意などの処分が行われました。そして教材も都教委によって持ち去さられ、現在も返されていません。
 子どもの学習権に応える性教育
  そもそも、性に関する正しい知識を持つことは誰にとっても必要です。とりわけ、人間関係の取り結び方に長けておらず、性的知識に乏しい障がい児は、時に性犯罪に巻き込まれる危険があります。その意味で障がい児にとって、性教育は、社会の中で身を守り、人間関係を形成するための知識として切実に必要とされていました。教材を使用し具体的に学ぶことも障がい児教育には不可欠でした。子どもの実態から出発し、現場の教師・生徒が試行錯誤を続けて築いてきたのが、七生養護の性教育だったのです。
 七生養護への都議・都教委らの介入に対し、05年1月24日、東京弁護士会は、生徒の学習権及び教師の教育権を侵害する重大な違法があるとして、人権侵害が著しい場合に出される警告を発しました。そして、05年5月12日、同学校の教師、保護者らが原告となり、都教委、都議ら、産経新聞社を被告に提訴しました。
 画期的な判決
 約4年の審理を経て出されたこの判決は、(1)都議らが保健室に立ち入り養護教諭に侮辱的言動をしたことについて、教育に政治介入をする「不当な支配」(旧教育基本法10条1項)であると認定し、(2)都教委に対しても、本来「不当な支配」から教育現場を保護する義務があるにもかかわらずこれを怠ったとして、それぞれ養護教諭に対する賠償を命じました。(3)厳重注意処分について、性教育は創意工夫を重ねながら実践実例が蓄積され教授法が発展するのであるから、教員の創意工夫を萎縮されるような制裁的取扱は慎重にすべきとした上で、原告らが行っていた教育が学習指導要領に反していないことを詳細に認定し、厳重注意処分も社会通念上著しく妥当性を欠き裁量権を濫用し違法であるとして、都教委に賠償を命じました。
 この判決は、教育現場の創意工夫・自主性を尊重し、政治介入を断罪した判決としてわが国の教育裁判に画期的な一歩を刻んだものといえます。
 たたかいは控訴審へ
 この判決を受けて、原告らは、都教委及び都議らに対し、判決に従い今後は教育現場の自主性を尊重するよう申し入れましたが、被告東京都及び都議らは、裁判所から断罪された違法行為を反省することなく控訴しました。
 原告らも、被告らの行為の違法性をさらに明らかにし、教員が子どもたちと真正面から向き合って創意工夫あふれる教育活動をすることのできる学校、こころとからだについてのびのびと学習できる教育を取り戻すため控訴しました。
 この裁判は、子ども達の学ぶ権利と教員や親の教育の自由を守るための重要な裁判です。控訴審での勝利のために、皆さんに一層のご支援をお願い申し上げます。

以上


自由法曹団本部の教育問題の取組


クラマエ法律事務所 村田 智子


 はじめに
 皆様、こんにちは。
 クラマエ法律事務所の村田智子です。
 なぜか、自由法曹団本部の教育問題委員会の委員長をしています。
 このところ、自由法曹団の教育問題委員会は、3ヶ月に一度程度の会議で情報交換をするという、きわめてゆっくりとしたペースで進んでいます。
 このようなゆっくりしたペースであっても、教育問題委員会がなくならないのはなぜか、というと、私たちが、教育について、検討しなければならない課題があるのではないかと考えているからです。
 以下、私たちが課題であると考えていることについてご紹介します。
 第1の課題〜民主党の教育政策について
 小泉・安倍政権は、教育政策については最低の政権だったといえます。
 この時期、教育基本法改悪法、教育3法案の改悪がなされてしまいました。
 では、民主党政権に変わり、教育政策はどうなったのでしょうか。
 全国一斉学力テスト、教員免許制などについて、民主党は、自民党とはあきらかに異なる見解を持っています。
 しかし、全国一斉学力テストは、抽出制になるといっても、その数が多すぎ、自民党政権時とどう異なるのかがはっきりしません。
 また、民主党の教員免許制度構想についても、様々な問題が指摘されています。簡潔に申しますと、民主党の教員免許制度構想は、教員免許を(1)普通免許と(2)専門免許の2種類とし、(1)については教育実習を含む修士修了者(合計6年間)、(2)については実務経験8年以上の者がさらに1年間の専門教育を受けた者に、免許を授与するとするものです。そして、(1)については更新制とし、(2)につては更新制としない、とされています。しかし、(1)の免許が更新制であるところ、結局のところ現在の教員免許制度と大差がないのではないか、と思われます。また、現在の格差社会の下で6年間もの教育を要求すれば、高所得者層しか教員免許を取得できないという状況を生み出しかねません。
 教育問題委員会では、仕分け対象事業について文部科学省が募集したパブリックコメントに応募するなどの活動を行いましたが、今後も、民主党政権の教育政策には注意を払っていきたいと思います。
 第2の課題〜子どもの貧困
 日本の子どもの貧困問題は深刻です。
 経済協力開発機構(OECD)の報告では、日本の貧困率は全体で14・9%ですが、18歳未満の子どもの貧困率は14・2%(07年)でした。1985年は11%でしたので、明らかに上がっています。
 世帯の年収に対する在学費の割合も、きわめて高いのが特徴です。例えば、年収200万円以上400万円未満の家庭の場合、費用は163・8万円で、年収に対する割合は55・6%になります。ちなみに、年収800万円以上900万円未満の家庭の場合は207万円、24・8%です。
 高校中退を余儀なくされる子どもも増えており、このままでは貧困層が貧困層にしかなれないという循環に陥ってしまいます。
 私たちは、子どもの貧困問題は、現在の日本の中で非常に重要な問題だととらえています。
 ただ、子どもの貧困問題は、大人の問題と違い、私たち弁護士の前に、「直接的な個別事件の」問題としては、なかなか現れてきません。大人の場合は、派遣切りの問題や、生活保護申請同行の問題として出てくるので、弁護士は個別事件にかかわり、その中で現実の改善策を学ぶことができます。でも、子どもの場合は、少年事件とか、親の離婚問題などの場面で、周辺の問題として現れてきます。
 ですので、深刻な問題であることは分かっているけれど、どう取り組んだらよいのかわからない、という面があります。
 1つの突破口となるのは、他団体との連携です。教育問題委員会では、団が加入している「子どもセンター」等と協働をしていきたいと考えています。
 以上、非常に雑駁ではありますが、現在の教育問題委員会の取り組みについてご報告申し上げました。
 実際には、教育の問題は広く、特に都内では日の丸・君が代問題もあります。
 私たちが取り組めていない点につきましては、ぜひ、お力やお知恵をかしていただきたいと存じます。

以上

 
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